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【オフィスミギ】晴れ男なものですから

さて久々の更新である。

ほとんどつぶやきにちかく
日記的にしかやっていない昨今ですが
以外にも期待してくれている方々もいるという事実もあり
日々、花を買うてきてはふらり写真撮ってますが
アップするとましょう。

蓮、ね。
このはなの意味はね、かなり素晴らしい、と思う。

まだ蕾でしてね。
どうか咲いてくださいな、と。

さてさて、
人間てやつはなかなか一筋縄ではいかんのですが
だから素晴らしいのかね。

明日からまた出発ですな。





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# by officemigi | 2019-07-17 23:57 | 林建次の日々 | Comments(0)

5月4日

ちょっと前のことである。
私の身体についての仕事のスタンスの諸々の話になり
「覚悟はあるのか」
と問われたように思う。

悪意があるわけでなはい。
しかし、覚悟あってこの仕事を選んでいるのはとっくに話したはずだった。
まったく別の想いがあるにせよ、結局伝わってない、ということなのかもしれない。



人は目に見えるのもには反応するものだが、見えずらいもの、または見えないものには想像はしてみても、本当の意味で理解するのは自分も含めてなかなか難しいことなのかもしれない。


以前、ともに障害を患う夫婦の取材をしたことがあった。
彼らは見た目には分からない「音」を感じることが出来ない、
つまり聴こえない、聴覚障害を持っていた。
手話を交えながら本質を聞いていくうちに、勝手な想像はできても自分には体感できない領域で生きていることに気づかされた。


ふたりが望むべくは、ただ、人並みであろうとすること。


社会で生きいくために、それを意識的に、また潜在的に改善、克服しなければならないことがたくさんある。

その一つに、最低限、自分が生きていくフィールドにおいて抱えている問題を理解してもらう努力をしななければならない、ということがある。これまでに、そういうことはあまりしてこなかったように思う。


自分がいまだに写真なるものを続けている理由は、惨めなままでは終われない、という想いがすべてだった。そもそもセンスも才能もなかったけども。何としてでもという想いの反動として、後先考えずに行動した。若さゆえに相当わがままだったし、生意気だったと思う。


写真は私の右腕でしてね。

そもそも自分を写するとかはまったくやんないけど、なるほど、撮ってみると面白いもんだな。

愛着が湧いてくるね。


枝のように細いのだが、夏でも長袖を着ている。あまりみられたくないという小さな自分もいるのだが、それ以上に発汗が多く、クーラにあたれば飛び上がるほど痛んでしまう。その長袖の下にもサポーターを巻かなければならないのが日常で、さらに肩や頚椎にも響いてくるから、夏でも多くはストールがなければとてもじゃないがまともに人の話も聞けないくらいになることもある。
そして若干握れる右手には日常的にほとんどスマホを握っている。撮影中もだ。というのは、角ばった部分をあてがいながら握っていると抱えている痛みが若干和らぐからという理由で。決して、スマホで遠隔操作してシャッターを切っているわけでないのでして。
引き抜き損傷、上腕神経叢麻痺、という複合的な損傷で肩関節というのはすでに存在しない。
腕の不自由さ以上に、抱えてしまった痛みと日々どう向き合っていくかが重要で、時として気力まで削ぎ落とされてしまう、厄介なもの。


要は、特別に扱ってほしい、ということではなく、あゝ、そうなんだ、で十分でして。

具合悪い時はさっさと帰るし、あゝ、そいういことなんだとご理解して頂ければありがたいかな。


これまでにそれがわからなくて嫌な想いをした人もたくさんいると思うので。


いろんな意見や考えは存在するし、それを否定するつもりもないです。

それぞれの主観だからね。

よくも悪くも、そいういのもを受け入れながら社会と向き合っていかなければならないし、それが生きていく上で課せられていることだと認識している。まぁ、それが当たり前っちゃ当たり前なんでして。


ん、なんか重たい感じだが、令和になったんで、まぁいいかな。


黙って受け入れてくれてる方々には本当にありがたく思っております。感謝。
いつもと変わらず粛々と。

そんなんで、どうぞよろしゅう。



#ハンディギャップを乗り越える
#DO_ACTION
#みえない障がい

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# by officemigi | 2019-05-04 21:35 | 林建次の日々 | Comments(0)

深堀遼太郎

先月、深堀遼太郎と東京で会った。


京大アメフトの選手の頃は周りに流されることなく群れない独自のストイックさがあった。試合の時にポートレートを撮らせてほしいと声をかけたときも、断固拒絶するほど、「何か」を貫いていた。骨のある奴だなと嬉しくなり、嫌がる深堀を強引に説き伏せて撮った時の彼の顔は撮影を疎ましく思いつつも、これから闘う場所へ向かう氣を存分に漂わせていた。



引退した深堀は現役の頃とは打って変わって、人懐こい笑顔でこれからを語った。

そして、最後に今後は遼太郎と呼んでくれとせがまれた。

無条件で楽しいひとときだった。

ここに本来の遼太郎がいるように思った。


懸命に身体を磨き上げ、闘うために纏っていた鎧は当然チームの勝利に捧げられていたが、もっと言えばおそらく繊細な自分を守るためにもあったのかもしれない。


遼太郎は引退してその想いを後輩たちに託した後、社会に出て行く自分をこう表現した。

「生まれたての、丸裸の自分」

遼太郎は求道者のように心に秘めたものを持っている。

それは地位や名誉というような代物ではなかった。


きっと泥臭く生きていくのだろうな。


以下、2017年イヤーブックから抜粋したテキスト。



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深堀遼太郎は丹念に磨き上げた身体を深く沈ませて、合図が鳴るのを静かに待っていた。凝縮された一〇〇メートルを生きるために、この瞬間を祈る。


 深堀は全神経を集中させてスタートに反応する。緊張から解き放たれた身体は全開でエネルギーを放出させながら一気にトップスピードに達した。本能に殉じて疾走する身体にすべてを委ねた深堀は、空気が切り裂く風の「音」だけを感じていた。それは、いつもとは全く違う「感覚」だった。あらゆるものを振り払い臨界点を超えたスピードは、深堀を異次元へ導いていく。

「なんて心地いい世界なのだろう」

 一〇秒八〇。

 一一秒を破った体験は、高校二年の深堀にある境地を知らしめてくれた。それは、これまで感じてきた苦痛から、すべてを転ずることが可能なのかもしれないということだった。忘れられない感覚が記憶に刻まれた。



 名門京大フットボール部において、深堀は卓越した身体能力だけでなく異端児として存在する。フットボールはチームプレイだが、彼はあまり群れることをしない。テレビも観なければゲームもしない。孤高であり、素朴でもある。

 深堀は父親の仕事の関係で四歳までニューヨークで育ち、帰国してからは東京で生活すようになった。小中学校の頃から社会の建前から伴う不条理さを感じて、自分の想いを素直に表現する度に学校の先生と衝突するようになった。同時に温かみを感じることのない無機質な都会の喧騒がどうしても好きになれない。突出した身体能力を有し、自分の考えを堂々と主張する深堀は中学ですでに際立つ存在になっていたが、それは本人が望んでいることではなかった。当時の深堀は日本独特の社会性と器用に折り合いをつけて生きていくことが出来ずに、独り塞ぎ込んで苦しみ抜いていたという。個人の考えや力を重視するニューヨークで育ったということもあるかもしれないが、持って生まれた素朴さと繊細な彼の本質がそうさせているようだった。都会の喧騒や煩わしい人間関係から離れて、美しい自然の中で農業をしながら静かに暮らしていくことも考えた。だが、高校だけは行くようにと両親の説得もあって都立国立高校へ入学する。いつくかの候補はあったのだが国立高校を選んだのは、先入観を持たない深堀の独特の嗅覚によるものだった。理屈ではなく本能で感じるままに生きようとする。

「学校案内で国立高校の門を潜ったとき、何故かここしかないと感じたんです。他の学校ではそう感じることはまったくなかった」

 国立高校はクラス替えをぜずに三年間おなじメンバーで過ごしていく。まだ心を閉ざしていた深堀はクラスメートによって救われていくことになる。そして陸上一〇〇M走に没頭することで、閉ざしていた心を徐々に開いていった。そして深堀は、かつて名将水野監督の下で活躍した父に一言も相談することはなく京大ギャングスターを目指した。なぜフットボールだったのだろう、なぜ京大にこだわったのだろう。深堀が単に自己を追求していくのであれば、個人競技の陸上でもよかったはずだ。

 「もちろん父の影響は少なからずあったと思います。それとは別に日本一になるという目的のためならば、煩わしい人間関係や建前など関係なく実力で勝負できるというか、何をやってもいいという文化がここにあるんです。そして激情を必要とするフットボールが自分に合っていると思った。でも何より、ギャングスターへの抑えられない本能的な衝動があった」

 深堀にはささやかな夢がある。京大を卒業して社会人として様々な経験を積んだ後に、いつか小さなコミュニティーを創りたいと考えている。社会や人の業や欲にまみれることなく心の平安を得られる場所。農業をしながら人と人が触れ合っていける場所。自分と同じように社会や人と折り合いをつけることに苦しんでいる人たちを救える場所を創りたい。深堀の実家は東京から福岡の田舎に移った。心のふるさとはまさにこの田舎の原風景なのだと感じたという。

 深堀は四回生になって自らデフェンスリーダーを買って出た。勝敗を左右するほどの重責を担う立場である。深堀はリーダーシップという面において自分が適任であるのかと迷い自問自答した。今の自分では適任ではないかもしれないという想いが頭をかすめる。だが、彼はいつものように本能に従って自身を奮い立たせた。

「リーダーシップのある自分を創り出せばいいのだ。ディフェンス陣で、一番熱い奴は俺だ」

 深堀が責任の大きいデフェンスリーダーを選んだのは、彼自身の本能が潜在的に絶対に必要な体験だと判断したからなのだろう。それは、目指したコミュニティを創り出したときに大いに生かされることになるのかもしれない。


 チーム一丸となって日本一を奪還する。最高の瞬間を独りではなくチームで体感する。そして、またあらたな感覚が記憶に刻まれる。日本一という栄光は、手放しで手に入れられるものではない。たとえ苦しみの中であっても、諦めることなく日々の積み重ねによって初めて可能性が生まれる。そして、深堀は勝利を得た瞬間に訪れる究極の世界観が永遠となることを知っている。十一秒を突き破ったあの瞬間のように。

 それは、きっと深堀が求めた心の平安へと繋がっていくのだろう。




# by officemigi | 2019-04-25 16:55 | 京都大学アメリカンフットボール | Comments(0)