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【オフィスミギ】晴れ男なものですから

上を向いて歩こう

 身体が痛むのは日常なので慣れているはずなのですが、ごく稀に精神が揺らぐこともあります。我慢するのもめんどくさくなるようなときは、処方箋として「シーシュポスの神話」を拝読することにします。
 ギリシャ神話に不条理の哲学を見出すカミュ。その熱量を再確認することで、不思議と自分に与えられたものを受け入れることができる思考と身体になるのです。
 All was well...!
 この短い言葉がすべてです。そう、精神とは不思議なものだと思います。それともうひとつ、これまでの生涯で一度きりですが救われた曲がありました。それは「上を向いて歩こう」という今は亡き坂本九さんの昭和の曲です。

 バイク事故で何度かの手術を終えてリハビリ生活で2年半が経過した頃でしょうか。ようやく社会復帰を考えられるようになった時期でしたが、右腕の機能は回復することはなく、それよりも昼夜問わず襲う激しい痛みに苛まれる毎日でした。歩くにしてもその振動によって突き刺すほど痛むので、いちいち覚悟しなくてはならない。ヨロヨロ、のたりと歩く。そんな状態だったので体重は事故から1年目より少し増えましたが、それでも50キロを超えたぐらいしかないという有様でした。心の奥底では写真をやるという意志はあったのですが、正直、この身体でどう生きていけばよいか見当もつかず、不安しかなかったものです。
 交通事故の状況は環状8号線外回りの世田谷の千歳台あたりでしたが、私の前方を走る車が急ブレーキを踏んで、その後ろをバイクで走る私が追突して身体が吹き飛ばされました。私はスピードを出していたわけではなく流れに沿って走っていたので、不可抗力ということで刑事的には罪に問われることはなく、免許停止や減点という処罰はなかったのですが、民事において自賠責保険という観点から判断する追突事故というものは、全ての責任は追突した私にあるということで、過失相殺の割合も10対0という厳しいものでした。本来、被害者救済が目的である自賠責保険はどんなに分が悪くても、9対1という過失相殺で保険が有効になるものですが、私の場合は何も発生しない。生命保険の給付金で手術や入院費をなんとか賄っていました。2年半という治療期間と障害者認定されたことで、本来であれば自賠責保険はある程度の額が保証されるものです。私は2年半という時間と失った右腕の機能、障害者になってしまったという対価がどうしても欲しいと思いました。つまり金です。
 23歳で社会から離れた世間知らずの私は、無料弁護士相談というものに頼ってみることにします。若き弁護士先生はこんなことをおっしゃった。
「1割でもいいから過失を認めてもらえれば適用になるから、被害者に相談してくればいい」
 それを真に受けた私は菓子折りを持ってのろのろと被害者に会いにいくのです。民事上で私が加害者であるのは間違いなかった。被害者の方の車の修理、そして鞭打ちなどの症状や慰謝料は私の自賠責保険で賄っていて、当時身動きできない私に変わって父がお詫びを含めて対応していた。あらためて事故のお詫びを伝えて、障害者になった私の状態を説明して1割でもいいからどうか過失を認めてもらえないだろうか、というよく考えれば図々しいものだった。被害者の方は自動車修理の小さな会社の社長で、私が来たことに最初は驚いた様子でした。ありったけの勇気を振り絞って伝えてみました。もしかしたら同情してくれるかもしれないという甘い考えがあったのですが、現実は鼻で笑われて終わります。お断りにしても、あまりに冷たい態度に感じたものです。慰謝料も含めてそれなりの金額を手にしているであろう被害者の社長は、もしかしたらわざとブレーキを踏んだのではないかという疑念も初めて湧いてきました。けど、どうであってもそもそもが無茶で無理な話だったのです。

 日が沈む練馬の街並みをノロノロと歩く惨めな帰り道。いつも以上に身体が突き刺すほどに痛む。下を向いていたらオイオイと泣き出てしまいそうだったので、懸命に顔を上げました。泣いてたまるかという意志と同時に、激しい感情が湧き上がってきました。
「あの野郎、ぶっ殺してやる。何がなんでも写真で結果を出してやる」
 ここでいうあの野郎とは、鼻で笑った例の社長のことでもあったのですが、それはきっかけに過ぎず、究極は失った時間と負ってしまった障害に対して「金」という対価を求めた欲張りで小さな自分に向けられていました。自分自身に刃を向けているような感覚でしょうかね。ですが、いくら顔を上げてみても、どうにも涙が止まらない。道端で無様にしゃがみ込んでしまいそうになったときです。とくに好きでもないのに坂本九さんが歌う「上を向いて歩こう」という穏やかな曲が頭の中で再生され始めました。なぜだかは分からない。ただ、この歌の本当の意味や価値を初めて感じました。救われたような気がして、駅までなんとか頑張って歩いたものです。

 私のとっての「シーシュポスの神話」や「上を向いて歩こう」というようなものは、生きていれば誰でも必要なときに出会うなり、想い出したりと、それぞれの心の奥底に存在しているものなのだと思います。そして、あの時の体験や感情がモチベーションのひとつとしてこれまでの私自身を良くも悪くも突き動かしていたのは事実でしょうね。でないと現実に押し切られてしまったであろうとも思います。けど、この数年のうちに、緩やかにそのモチベーションを必要としない自分になったように思います。永らく身につけていた鎧をようやく脱ぎ捨てることができたんじゃないか、と。これは大きな発見でした。そうですね、そんなにイキがらなくても大丈夫だからと当時の自分に伝えてあげたいような気もします。そしてなだめるように敢えて悪戯っぽくこんな具合に付け足してみようかね。
「結果を出せたのかそれはちょっと微妙なのですが、君は粛々と日々を幸せに生きているようでしてねぇ....!」


# by officemigi | 2021-10-27 22:33 | 林建次の日々 | Comments(0)

一人ぼっちは絵描きになる

大好きなアーティスト友川カズキさん。

悲痛な想いもしているのだろうかとその経歴は微かに語る。

無頼であり、天才であり、1ミリですら社会の常識などに囚われない場所で呼吸しているとしか思えない。


友川さんは画も描く。

「一人ぼっちは絵描きになる」

タイトルも響くが曲自体が素晴らしい。

これはネガティブな曲じゃない。

ギャンブル好きのだらしのない漢の対局に在る孤高の哲学。


独り、詩人なり。


また映像が素晴らしい。

ダラダラ撮っていたらこうはならない。

フォーカス、フレーミング。

二度とない瞬間を全力で対峙する。

撮っている人の寄り添う想い。

瞬間を扱う緊張の中でやり遂げることを可能にするのは「愛」だと思う。

これを分かるひとと是非酒を酌み交わしたいね。


友川さんのドキュメント映画あります。

「どこに出しても恥ずかしい人」

究極の賛美のタイトルだね。






# by officemigi | 2021-10-23 18:44 | 林建次の日々 | Comments(0)

Wasted Days

 ジョン・メレンキャンプとブルーススプリングスティーンが共演してるのには驚いた。80年代から90年代の彼らの活躍、現在でもカントリーロックのビックネームとして二人は存在しているけど、初めての共演だという。ジョンのアルバムにスプリングスティーンが参加したカタチだ。高校生の頃からジョンのファンであるワタクシとしてはかなり感慨深い。ミュージックビデオを観たけれど、70歳を超えた二人の佇まいが堪らない。眼差しがなんとも深く、白髪や刻まれた顔のシワが年輪を表して、意図していなくともいつくもの喜怒哀楽を体験しながら老いていくことの味わい深さを示してくれているよに思う。ここまで来たんだなと思いました。

 ジョンがつくったWasted Daysという曲はネガティブのように感じる。自身の内面に様々なこと問いかけながら、もう終わりはすぐそこにあるって歌ってる。老いと死という不条理に対しての実に正直な想い。不安とかじゃなく、なんて表現すればよいのかね。彼らはかつて華やかに見える場所にいて汚いものにもまみれてきたのであろうけど、その中で大切なものを見出すことができたのだろうか。未だ見出すことができないのかもしれない。限りあるものの儚さに向き合うこと。作家、開高健も、かたまり、覚悟し、悟ったとか思えば、揺らぎ、迷い、漂う、というようなことをどこかでいっていたように記憶している。この曲は若者に受けるものではなが、晩年を生きいる誰もが深くうなずいていることなんではないだろうか。実にジョンらしいなと。また渋く深くなった歌声。


 ジョンは80年代、彼が30代のころに発表したsmall townという曲がある。インディアナ州シーモアという片田舎で育ったジョンが、反抗に反抗を重ねて自分のアイデンティティを育んだsmall townに敬愛を込めてた曲。pvの最後に「いつかこの街で死んで、ここに埋葬されるんだろうな」と歌い上げると、祖父スペック・メレンキャンプの墓がズームアップされたのちに、アウトフォーカスしていく。おそらくスペックの死によってだろうが、ジョンがこの頃からいつかやってくる死を意識しているのが分かる。

 またjack & dianeではアメリカの片田舎で生きる10代の恋人の青春群像をノスタルジックに描きながら「生きることのスリルがなくなっても人生は続く」と歌い「16歳の頃を忘れるな。変化はあっというまに訪れて、本当の男と女に変えてしまう」と言い切る。農業などが中心の保守的な地域で暮らすアメリカ人の典型的な生活や抱えている想いを表しているのだけど、ジョンは刺激のない退屈で当たり前の生活でも、みんななんとかやっていけるよっていう自身の体験を含めた想いを伝えてる。ビルボート全米no1になったこの曲は、あの時代の若者だけでなく、中年や晩年を生きる人たちのある種の慰めだったように思う。80年代から行われているファームエイドという小規模農家を援助するチャリティーコンサートをいまだに続けている。ジョンの曲は当たり前に生きる人たちへひかりを当てるようなものが多いと思う。


 かつて不良で、今は素朴で、ずっと田舎者。もし生きながらえるなら、あんな趣あるジジィになりたいものだね。






# by officemigi | 2021-10-21 22:30 | 林建次の日々 | Comments(0)