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【オフィスミギ】晴れ男なものですから

カテゴリ:林建次の日々( 636 )


移転です



ご報告遅れまくって大変申し訳なく

永らくお世話になった下北を離れて川崎市に移転しました。


下北という街は変わらず大好きですが、あらたらに展開していくのもいいかと。


川崎という理由は大なり小なりありますが、究極は「多摩川に惚れたから」というのがメインですね。

移転する計画はもともとありましたが、候補として下北近辺もあったのですが、梅ヶ丘、上原、西荻窪など物件も見て、あれやこれやと思案したものです。


で、昨年、新丸子のナーリッシュでの小さな個展をさせていただいたご縁もあり、どうなのだろうかな、とゆらり物件をいくつか観たついでに、ちかくに多摩川があるので散歩がてら寄ってみたら、衝撃でした。マンションや電線とか文明的に遮るものが一切なく、突き抜けた空が一気に開けてて、太陽と月が、燦々と煌々と。なんて素晴らしいのだろうと思ったものです。時として自然の厳しい一面も見せられるけど、なんの障害もなく高々とある天上に真っすぐ繋がっていく感覚は、嫌でもまとわりつく浮世の諸々の「業」や「欲」を一気に洗い流してくれて、人間が本来持っているまっさらな感覚を無条件で与えてくれているように思うのです。これを毎日感じていたいものだな、というのが一番の理由かな。


それで物件もワタクシにとっては素晴らしく、人を撮るスタジオとしても機能できる環境で、粛々とスタジオワークにも励もうかと思う次第で諸々準備中です。どうも、ワタクシには外で撮るイメージはあるけれど、こう見えてスタジオワークは結構好きでね。ロケやドキュメントはそのときどきの環境の光に寄り添っていく作業だけど、スタジオは光を自分でコントロールして描いたイメージをカタチに変える作業でもあるもので、それはそれで楽しいものです。あとそうだな、原稿に行き詰っても、お天気良い日に多摩川の土手で漂いながらここちよく書くのも楽しみだね。このペースでいくと、いずれは山小屋かもしれんなぁ、と思う次第でね。


昔しね、築100年の古民家を改築した山猫軒っていうまきストーブのカフェが埼玉の山奥、堂平とかにあって、そこはかつて都心で活躍していたカメラマンとライターの初老のご夫婦が経営されてました。ジャズとか撮っていらしたと記憶してる。素敵だなぁと思って、あんな風になりたいものだと20代のワタクシは思ったものです。で、これからの10年は実は本当に楽しみにしていたので、いい感じで熟成してみようかね。

 年末からあれこれ動いててかなり落ち着かない感じでの移転だったので、下北の皆様にはご挨拶もろくにできない感じで申し訳ないのですが、これからふらりと顔出しにいくので、どうぞよろしゅう。

 世間は、世界は、コロナの影響でどうにもこうにもいびつに萎縮してて、マスクやら、トイレットペーパーも見当たらんような感じで、どうなるのかも想像はできないですが、いろんなことが試されてんのかもしれませんねぇ。当たり前にあることがどれだけ素晴らしいんかっちゅうね。焦らずともゆらりと動いて、そうね、役目があるならそれに殉ずるのもいいな。


先日、仕事の帰りに早朝の高野山に行きました。空海の息遣いを感じながら。
うん、「春」ですねぇ。

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by officemigi | 2020-03-19 17:00 | 林建次の日々 | Comments(0)

映画の現場へ

映画の現場に入ります。



かつて義足でリングに上がった土山直純さんというボクサーがいました。

下肢障がい者という理由でボクシングコミッションからは認可されず、プロボクサーとして日本のリングには上ることはできませんでした。
ボクシングはスポーツですが、命のやりとりという意味において、リスクの大きい競技という事実は外からみてきた自分でも感じることです。
故にコミッションの判断はある意味においては、正しいと言えるかもしれない。



しかし、土山さんはその壁を越え、リスクを引き受けてフィリピンでプロボクサーとして闘う場所を勝ち取る。


結果としてチャンピオンになれたわけではない。
だが、土山さんがそこまでして闘いたかったのは何故なのか。潜在的に求めていたものは何だったのか。


この映画は義足のボクサー土山さんをモデルにしている。

主演の尚玄さんは、7年前から土山さんの生き様を映画にするために奔走してきたという。
映画人として、俳優として生きる尚玄さんが、なぜこの映画に、土山さんの物語にこだわってきたのか。
立っている場所は違えど、土山さんと尚玄さんが潜在的に求めるもの、あるいは求めたものは、おそらく同じなのかもしれない。
それは何だったのか、ということは映画が完成して解ることなのだろう。



尚玄さんは様々な現場をこなしながらも、節制した生活や、日々欠かすことにない厳しいトレーニングで身体も精神も研ぎ澄ましている。張り詰めた空気の中で撮らせていただいたポートレートはボクサーそのものであり、同時に役者の狂気の片鱗を垣間見る。



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まもなくクランクイン。


この映画を指揮するのはカンヌなど世界の主要な映画祭の賞を何度も獲得しているアジアを代表する巨匠、ブリランテ・メンドーサ監督。






by officemigi | 2020-01-22 17:50 | 林建次の日々 | Comments(0)

謹賀新年



明けましておめでとうございます。

元旦の深夜3時から出発。


賑やかな場所もいいものですし、それはそれで楽しめますが、基本はとても静かな場所が好きでして。やっぱり、年が変わる特別な時間はしっかり噛みしめたい。


で、仲間がいないわけじゃないですが、ひとりで行動するっていうのはどうなんだろう?個人的にはいいとは思うけど、世間的にはあれなんですかねぇ。

でも、こういう場所へいくのは絶対的な存在以外にはあまり興味がないかな。


金鑚神社へ。ここは山がご神体で、拝殿はあるけど本殿ははいっていう。参拝してから御嶽山の山頂を目指す。毎回思うけど、拝殿から山頂へいく山道に入ると急に空気が変わる。聖域、大自然へようこそ、というようでね。ある意味、緊張が走る、まだ真っ暗だし。で、昨年は大きな台風があって、大木が山道を遮るように倒れてる。覚悟あんのかい?みないでね、そいつをまたがって侵入する。ツンとするんだ、感覚が。

で、なんでわざわざこんなとこに来たんだろうと思うけど、まぁ、でもいまさら後戻りもできんから進む。自分の息遣いと、自然の、あるいは山の息遣いといえばいいのかな、あちこちでガザガサ、ドンとかバリって音がする。でも、もう結構慣れたんだろうな、そうかそうか、と思いつつ鏡岩を過ぎて、本山の隣になる御嶽山山頂へ。かつて山城だったこの地は本当になにもないし、誰もいない。ここであぐらをかいてひとり初日の出を浴びる。雲ひとつない晴天で、あまりに心地いい。また例によって局所的に風が通り、木々がなびいて、それなりの音も気配も感じる。


 太陽と風とある種の気配。


 贅沢で素晴らしい時間。


 十分堪能した後、麓の金鑚大師。甘酒を頂き、宝登山神社、そして霊峰、三峰神社へ。その後、道すがらのいつかのお寺へ気の向くままに。

 18時間の行程は今年を生きるのに十分な精気を頂きました。

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by officemigi | 2020-01-02 22:33 | 林建次の日々 | Comments(0)

今日の昼過ぎのはなし。



白髪のね、とても綺麗な目をした女性とお話をした。

たわいもないことを楽しくあれこれとおしゃべりしてて、その流れで、ごく自然と彼女がどう生きてきたのかという話をゆるりとしてくれた。
若い頃から入れ替わり立ち替わり、親や親戚の介護したり、看取ったりの人生だったんだそう。ずっと。
最後は、旦那をしっかり介護をして見送ったんだと。
「誰かのために無心で生きてきたものです。だから、ポツンと独りになってね、与えられた自分だけの自由な時間をどう過ごしていいものなのかわからないのです。自分のために時間を使うことは贅沢なことだと思います。だけど、わたしの生きがいは誰かのために尽くすことでしたから」
寂しさを含んだ戸惑いを、純粋な少女のような眼差しでまっすぐにワタクシに訴えてきた。
胸が痛んでどう返答していいのかわからずに頷いていると、にっこり笑って飴玉をふたつくれた。
肩書きも何もないけれど、素敵なひとはいるものですね。









by officemigi | 2019-12-17 02:21 | 林建次の日々 | Comments(0)

11月12日

そういえば、風邪、発熱を24時間以内で治した林です。

悪寒、咳、発熱は、まず、熱い風呂に何度か入って汗を流し、水を大量に飲み、求めるがままに好きなものを喰う。
で、ちょっぴりお酒。
それで治すのがワタクシの方法論です。で、駄目なら医者、クスリ。

久々に展示を終えてあれこれ思うのだけれど、潜在的に自分の考えていることを具体的に観ることができるということかな。
昨年した展示は寺田冷機さんの職人たちの想いだったので、あらためて自分に中心を置いたとき、嗚呼、そうなうかと思った。
うすうす解ってはいたが、ですね。

最初は自分のことを見つめる作業なのですが、やはり、それはきっかけでね、結局、感動してるのは外から与えられているのもなんです。
それは、とっても普遍的なものだよな。

うんとね、嫌なものいっぱい見たり感じたりすることもあります。生きていれば。
けど、それも人間が持っている本質の一部だなと思うし、正しいとか間違っているということでもないかな。

けど、その中でとても美しいものを見たり感じたりすると、こころ揺さぶられる体験になる。
例えは悪いけど、普段恐ろしいオーラを纏った方(ヤクザ)がごく平均的なダジャレを発すれば、想像以上に受けてしまうっていいうのと同じでね。
そうね、美しく表現すれば、ハスの華の在り方ということだと想う。

だから、身体の痛みというものも、そうやって昇華させることだと思うねぇ。



by officemigi | 2019-11-13 02:51 | 林建次の日々 | Comments(0)

寒気にて

 寒気治まらず、めすらしく風邪をひく。


小さい頃の記憶があるが、ワタクシは人並みの風邪をひくと、異様なる食欲が湧いてくるのです。メシが上手い。これはなんだな、体力が落ちるから本能といて食べろという指令なのだろうか。


 熱があるから頭がボーっしてね、でも、これって、以外に心地い。小さいころは、その心地よさを抱えながら、学校が休めるという特典も与えられ、家族からはあれやこれやと大事に扱われ、さらにメシがガツガツ喰えるとはひとときの幸せを味わえるのだ。


 その記憶を抱えながら現在でも悪くない、というか、その状況を楽しめるワタクシは幸せのもだといえる。


 野菜たっぷりの味噌雑煮をつくっが、餠は3個。足りずに焼き餅を2個も喰らう。

まだ、足りない。嗚呼、なんでことだ。

 食欲よ、きっと秋のせいだ。



 さてさて、やるべきことあるので、明日までに治すべし。




by officemigi | 2019-11-09 19:38 | 林建次の日々 | Comments(0)

ふたたびゴッホ展へ

ふたたびゴッホ展へ上野にいきました。

公園散歩しながら、ああだった、こうだったなどなと想うこともあるもので、まぁ秋は少しもの想いにふけるのもいいものだ。

2010年の国立新美術館のときの作品群には及ばないかもだけど、うん、やっぱり凄いな。本当に凄い。


弟、テオに宛ての手紙というか、メッセージが在る。
「色調と色彩がどれほど重要なことか!それに対する感覚が掴めない者は、生命を表すことなど到底できないであろう」

確かにその通りだ。写真でも、色調、色彩が命だと思う。それは体温や感情を表すもので、個人的にはとても大切にしてる。モノクロであってもそうだと思う。それを駆使して何を潜在的に伝えるか、だと思う。

そのあと、ふらりとひとり新宿ピカデリーでゴッホの映画を観る。
ひとり狂気の世界に向かっていく様はね、ちったぁ覚悟あるのかと問われているように感じたかな。

言い訳がましくも、あなたとは違うけど、ワタクシはワタクシでそれぞれのいろんなことに粛々と向き合ってますものでして。ね。


by officemigi | 2019-11-09 00:05 | 林建次の日々 | Comments(0)

Lihgt of Hopes ~every prayer’s stories~

さて。


展示の最終日ということで、それじゃあ、ということで、大まかなことのなりゆきなどをお話させていただきました。
それで、展示した19編のストーリーの中でいつくかの詳細など。



実は昨年から今年にかけて、大なり小なりの様々な方々の前でお話させて頂く機会がありました。丁度、出版した2009年から2010年あたりもそういう機会をいくつから頂いていましたが、当時の自分は、そういう「自分」についていけんというか、あわせられる力もなかったかな。でも、この頃はそういう「自分」にもついていけるようになったというか、受け入れるようにはなったんじゃないかな。ようは「オッサン」になった、ということね。ここでいう「オッサン」てのは、結構いい意味で使用してる。笑 「役割」ということね。だからそういうことに殉ずるのもいいかな。


全然完璧なわけじゃなけど、今回の展示はこれまでにない大きな収穫がありました。それはここでは長くなるからあれこれは書かないけれども。

で、何より、新丸子という場所までわざわざ来ていただいた方々。たくさん誘って繋いでいただいた方々、そして、ひとつひとつ丁寧に観てくださった方々に感謝申し上げます。
本当にありがとうございました。


「私」や私に関わってきた方々の写真や文書の中から、なにかがシンクロして、感じられて、それを持ち帰って咀嚼してくれたのなら何よりです。

賢一さん、りつさん、けんたろうさん、麻子ちゃん、スタッフの方々、嘉子さん、良子さん、健太さん、他、たくさんの方々。おかげさまでカタチになりました。ありがとうございました。うん、マルコ会も楽しみです。


 で、、、引き続きナーリッシュの営業時間で展示してます。

で、そのうち、月に2度ほど週末にバータイムやるんでね、なんと俺が。笑 

21時から23時半過ぎあたりまで。静かに観れる時間だったり、物語の奥行きを知りたいひとに提供したいかな。なんで、まだ観ていない方や、ゆっくり観たい方はメッセンジャーでもなんでも連絡くださいませ。雰囲気も変えてやりますよ。1〜3人ぐらいがちょうどいいかもね。

知っていても、全く知らんでも、ふらり入ってまたまた座った席で、ちょっと一息できたらいいんじゃないかね。
へぇ・・・ってね。


さて、このシリーズね、本にしたいと思います。


Lihgt of Hopes ~every prayer’s stories~ 





by officemigi | 2019-11-07 01:38 | 林建次の日々 | Comments(0)

写真展 Lihgt of Hopes  ~every prayer’s stories~


昨年に続き突然という状況も同じですが、写真展展示しています。

10月19日〜11月4日 11:30~21:00(LO.20:30)

定休日:なし

 VEGAN BURGER NOURISH
〒211-0063 
川崎市中原区小杉町1丁目526-21
笛木ビル1F
.
東急東横線 新丸子駅から徒歩2分
東急東横線 武蔵小杉駅から徒歩6分
JR横須賀・南武線 武蔵小杉駅北口から徒歩5分
.
TEL:044-543-8603
11:30~21:00(LO.20:30)
定休日:なし


VEGAN BURGER NOURISHオーナーの兼松さんと出会っていろんな想いを感じて
「じゃ、やってみるか!」
という衝動だけで短期間で怒涛の勢いで構成してみた。
がっちゃがちゃやってて本日初告知ですいません。

 

ですが、実験的な展示になったかな。

ギャラリーとしてのイメージだと違うと思うし、そういう感覚だと見ずらいときもあると思います。

が、ふらっと入って、その時の状況で、何点がだけでも何か感じられたらと思います。
 

19編の、ワタクシも含めた敬愛するのひとたちのそれそれの生き方、物語を写真と文で構成。


店内に入ってね、身体にいい美味しいバーガー頬張りながらみてくれたらいいな。

さらにはビールとかお酒もあるよ。

飲食店なので混み合っている時間の観覧はなかなか大変かもです。

そこはどうかご了承を。。。


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Lihgt of Hopes 1



暗闇に見上げるほどの満ちた月

魂を宿したひかりは

蒼い大地がすべてを拾う


それは褐色の海に沈められ

静かに真紅の底に落ちていく


蒼い大地はふたたび浮かぶことを望み

姿を変え宿された魂のすべてを刻む


一瞬で葬られたひかりは永遠となり

華のようにただ佇むのみ


写真展 Lihgt  of  Hopes  ~every prayer’s stories~_b0119854_11343835.png

「Light of Hopes」を単に訳せば「希望のひかり」になる。


 そう、かなりベタである。だが、このワードには、それぞれに意味を持たせている。


 「Light 」。つまり「ひかり」はカメラにとって最も重要なもの。カメラは一瞬の「ひかり」を受け取りフィルムに感光させる。また暗室においても、受け取った「ひかり」の情報を像にしたフィルムに対して、引き伸ばし機によって創られた「ひかり」の三原色の情報を透過させて蒼い印画紙に感光させる。必要なだけの「ひかり」の情報を吸収した蒼い印画紙を、褐色の発色現像液に流して真紅の漂白定着液に沈ませる。

 奇跡のような工程を経て最後に「写真」になる。


 「Hopes」は「希望」の複数形だ。そこに「祈り」という意味を込めている。「祈り」は私にとって写真の本質でもあり潜在的なテーマになっている。それは23歳の時のバイクによる交通事故の体験、それによって右上肢の機能の殆どを失った体験。大きく言えばこのふたつによって始まったと言っていい。私は事故の瞬間、なすすべもなく自分の命が終わってしまうかもしれないという現実を突きつけられた時、それまでのすべての記憶が淡々としたドキュメンタリー映画のように蘇った。結果、何一つ達成できていない未完成な自分であることを知らされて、「まだ死にたくない」という強烈な「生」への執着が凄まじい勢いで拡大する。藁にもしがみつく懸命さで祈る自分がいた。

「神様、どうか助けてください」

 スローモーションのように感じていたが、実際はカメラのシャッター速度のような1/1000数秒という瞬間に発生した思考だったのではないかと思う。車のテールランプが眼前に迫った瞬間、視界が消えて、音の無い暗黒の世界になった。同時に突き刺すような奇妙な金属音がして意識が飛んだ。どれぐらい経ったのか分からないが、意識と視界が戻るとアルファルトの細かい粒状が接写のように正確に見えて、上の方から緊迫した人たちの声などの騒々しい気配が感じられた。全身が痺れて呼吸もまともにできていなかったが、どうやら生きているらしいことが分かった。私は声にならない声で訳のわからないことをうめいているようだったが、まったく別の意識が存在して、さっきまで自分が必死で祈っていたことを冷静に認識していた。


 思うに、このような潜在的な「祈り」は、太古の昔から在る人間の「本能」なのだと思う。


 以後、右上肢の最低限の機能再建を試みる何度かの手術をしたが、右腕か使えない事実よりも頚椎で粉砕された神経の酷い痛みに対して身動き出来ずに耐えなければならない毎日が辛かった。当時、痛みを緩和するべくあらゆる手段を試したが、何一つ効果はなく、永遠にこのままなのではないかという恐怖があった。今現在でもあれだけの痛みを経験したことはなく、1年半ぐらいはきちんと眠れたという記憶はない。ゆえに体重は50キロを切っていた。まったく休まることのない拷問のような毎日に、殺してくれ、などと事故の瞬間とは真逆なこと叫びながらベッドの上でのたうち回っていた。だが、私は1年経てば今より絶対に楽になっているはずだ「hope=希望」、と必死でイメージすること「pray=祈り」を試みた。今抱えている痛みを巨大な氷の塊に例えて、ゆっくり溶けて1年後には半分になっている、という強制的な妄想を続けた。さらに1年後にはその半分になっているというイメージ。乗り切った現在だから言えることだが、激しい痛みの渦中で、1年かけて氷の塊を溶かしてやる、という単純なイメージとモチベーションだけで人はなんとか生きていけるものだ。

 

 およそ1年から1年半ぐらいまでほとんど睡眠は出来なかったと書いたが、正確に言えば、痛みを抱えていても、それを受け入れて憔悴した精神を少しだけ休めることができた唯一の時間帯が存在した。

  

 それは朝の「Light=ひかり」を感じたときだ。闇からひかりが射し始めるとき、もがくほど苦しんでいても自然と精神が安らぎ僅かにでも寝ることができた。

 夏ははやく、冬はおそくに訪れる。冬を過ごしているときは、ただ夏が待ち遠しかった。午前4時を過ぎれば朝の「Light=ひかり」を感じられるようになるからだ。夜の闇から「Light=ひかり」が差すのをひたすら待ちわびていた日々「pray=祈り」だった。ただベッドの上で悶絶しているだけだったが、それが当時の私にとって唯一の「hope=希望」だった。


 事故をして2年半後に社会復帰した私は、その1年後に駆け出しのボクサーたちと並走を始める。

 不器用な彼らも同じく、極限で「pray=祈り」、勝利という「hope=希望」を抱いて、「Light=ひかり」が降り注ぐリングへ向かう。

 

 ボクサーだけでなく、おそらく人は月と同様に「ひかり」受けて、「希望」を見出し、そして潜在的に「祈り」生きていくものだと思う。「ひかり」を受けて初めて存在できる写真の工程と同じように。


 ボクサーを撮り始めた1997年から現在まで、私、仕事、ライフワーク、そして一期一会のそれぞれの人たちの、それぞれの立ち位置から生まれた祈るような想いと、その生き方。


  私が出会い、感じてきたごく一部を写真と文章で。

                                               

                                                   









by officemigi | 2019-10-20 11:38 | 林建次の日々 | Comments(0)

「勝って当たり前」ということについて

「勝って当たり前」という表現は闘う、あるいは、闘った人間だけが発言することを許されるように思う。自分に向けての良い意味でのプレッシャーや、応援してくれている人たちへ向けてのメッセージとしても、だ。

勝ってしまえば、実際にそういうものだと認知される。勝って当たり前の相手であり試合だったと。しかし、本来は簡単ではない。

世界ランク2位の和氣慎吾は世界前哨戦としてこの試合に挑んだ。勝って当たり前という結果が潜在的に求められた。対戦相手はフィリピンの選手。過去に東洋タイトルマッチでKOに下していて6年ぶりの再戦だという。対戦相手とホールの通路ですれ違ったが、寒気がするほど異様な殺気を放っていた。

相手の立場を想像する。実力差があろうと勝てば一気に世界ランカーになれる。失うものはない。守るべきものを持たないという優位性は実は怖いと思う。解放された精神で挑むことが可能だからだ。力量の差のある強い相手と闘うことは、モチベートと取り組み方次第では自身の実力以上の力を発揮する場合がある。レベルの高い相手の能力(今回の場合は和氣)によって自身の力(メンタル的要素も大きい気がする)が拡大するという現象。そして、その逆の場合は本来の潜在的な力が発揮しずらい状況に陥ることがある。圧倒的な実力差があっても、蓋を開ければなんとか判定で勝ったというような試合をみかけることがある。

最悪の場合、どういう現象が起こるか。和氣の持っている能力が200として相手の能力が100としよう。100の能力の差がある。だが、和氣の能力の高さによって引っ張られ相手の100の能力が最高で150になれるとしよう。この場合でも50の優位性で勝てる。だが、和氣が相手の能力の低さから(舐めているという意味ではない)本来の200の能力が全力で挑んだつもりでも150しか出せなかったとしよう。すると150対150のイーブンになる。最悪、このような現象が起こった場合、勝負はまったく分からなくなる可能性が生まれてしまう。

試合は3ラウンド途中まで和氣が圧倒的に試合をコントロールしていたが、一瞬で逆転されてしまう。意識を失うほどの危険な倒れ方だった。

ランキングを奪ってやる、という死に物狂いの相手に、当たり前の結果を残す、というのは実際は相当ハードで、常に危険が伴う紙一重の勝負なんだということを観る側の僕らに知らしめる。今回の結果を責めることなどできるはずがない。




by officemigi | 2019-10-14 01:05 | 林建次の日々 | Comments(0)