【オフィスミギ】晴れ男なものですから

サンクチュアリ

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宇木が工場に入ったのは18歳の時だった。
「はじまりと終わりには、絶対気を抜くな」
工場の主人である父からうっとういしいぐらいに言われ続けた。
機械の騒音だけが響く暗い工場でただ黙々と働くことに面白みなど感じるはずもなかった。さっさと終わらせて遊びにく。それしか頭になかった。
一ヶ月が経って少し慣れてきた頃、工場の終了間際だった。
大丈夫だろうと機械を止めずに開けて手を入れた瞬間だった。
一瞬で右手の中指が切り裂かれた。骨が剥き出しになった状態で指が落ちかけ、見る見るうちに血だらけになってしまう。呆然と機械の前に立ち尽くしていたが、父に知らせに行った。心配してくれると思ったが、父から激しく怒鳴られ続けた。それでも、すぐに病院に連れていって貰えるだろうと思ったが、工場が終わるまでそこで立っていろという。流れ出る血を少しでも抑えたい一心でひたすら腕を高く持ち上げて終わるのを待った。病院で治療を終え、指はなんとかなりそいうだったが、当分仕事はできないだろうと思った。
「左手があるだろ。出てこい」
当然のように言われた。
翌日、右手にビニールを巻いて工場に行った。始業と同時になんとなく自分の指を切った機械の前に立った時、全身に鳥肌が立って震えが止まらなくなった。ただひたすら金属を削る音とオイルが激しく流れるにぶい音がいいようのない恐怖を感じさせた。ただの冷たい機械じゃない。明らかに意志を持っていると初めて感じた。
「怖い」
宇木は機械に激しく叱られたと感じた。
「ナメた仕事をするな」
彼はここから機械ひとつひとつ丁寧に向き合うようになる。長年に渡って職人としての腕を磨いていくことになる。
現在、宇木は機械を「この子たち」という。仕上がってくる部品も同様だ。
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「1ミリって凄く長いんです」
宇木はそう言っていた。
ある小さな部品を作るためにミクロンの世界の刃物をつくることもある。この時、宇木はこの刃によって出来る部品を使う人の事を想うと1ミリの1/1000ですら妥協しない、というか出来ないという。
彼は稼働している機械に一台一台手に当てて、その微妙な振動や音で「この子たち」と静かに対話をするのだという。そして「この子」たちが知らせてくれる言葉をもとに1ミクロンの調整をする。
時には、「そろそろここの刃がダメになるよ」と教えてくる。言葉ない対話はただひたすら祈っているよう。
「気がつけば、ここが自分のサンクチュアリになっていた」
指の事故から20数年。今は自分の工場を持ち、1ミクロンの世界と対話しながら仲間と「この子たち」とともに生きる。「この子たち」は車の部品など、まったく誰にも見えない場所へ行くことになる。だからこそ宇木は、けっして日の目をみることのない「この子たち」の価値を誰よりも知っている。限りない愛情を持って。
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by officemigi | 2016-01-26 03:21 | 林建次の日々 | Comments(0)
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