【オフィスミギ】晴れ男なものですから

鉄工所にて

新年始まってます。
年末に移転してドタドタやってご挨拶できなかった方々もいてすいません。生きてます。
 年末の仕事納めの日に記胤の新たな仕事場に行きました。
 埼玉にある鉄工所。彼は介護の仕事から転職した。ボクサーの現役時代も含めておよそ7年。昼夜問わず老人たちの人生の最期に寄り添ってきた。徹底した働きは現場の同僚もそうだったが、なにより老人たちが彼と触れ合うにを楽しみにしていたということだった。記胤はどんなに大変なことがあっても天職だと言い切っていた。
 しかし、彼は職を変えた。何故か。昨年12月に二人目の子が生まれた。人の為に身をこなにして働いても、家族4人を養っていけないからだ。 ヤクザだった彼が、やっとの想いで出会った仕事だった。彼がいなくなると寂しい想いをする老人たちがいる。当然迷う気持ちもあった。だが、ある人の一言でふっ切れたという。
「お前はじいちゃんばあちゃんたちにずっと寄り添ってきたんだ。もう十分すぎるくらい尽くしてきたんだよ。」
少年院で得た資格が記胤を次の仕事に向かわせる。鉄工所だ。かつて敬愛していた祖父も鉄工所を持っていた。そういう縁も不思議だと思う。
 記胤は電車とバイクで2時間以上もかけて通勤する。汚れた作業着のままでだ。朝は6時には家を出る。まだ暗がりの中で沁みるようさ寒さの中、鉄工所に着く。冷たい工場の中に僅かな朝日が差し込むと、眠っていた機械や材料たちがうっすらと姿を現す。ここで男たちが眩しい火花と激しい騒音を撒き散らして、ただひたすらに造り続ける。工場はそれらすべて受け入れるために、凛として、重厚に佇んでいる。神々しく感じる。この場所もなんと美しいのだろう。
 早朝に、続々と職人たちが集まってくる。皆、タバコを吸ったり、コーヒーを飲んだりしながら昨日の忘年会のことを面白おかしく話している。そして時間になると、皆、それぞれの作業の場所へ就く。火花を散らしながら、何かに祈るように、自分にはそんな風に見えてしまうな。町工場、職人。戦後、彼らたちのような人間がこの国を大きく発展させてきたといってもいいと思う。
 末端の仕事で今日も記胤は走り続ける。
物心ついたときには両親はいなかった。中学校など行ったこともなく、凶暴な彼を恐れるあまり友達は誰もいなかった。少年院では暴れに暴れた。その噂は塀の外にまで達して出所後すぐにヤクザから勧誘を受けた。
「お前のような奴が必要なんだ」
生まれて初めて人に必要だといわれて、ただ嬉しくてヤクザになった。祖父の死をきっかけに、独りで指を切り落として辞めた。社会での生き方が分からずに、もがきながらも兄、宏成の影響でボクシングと出会う。ボクシングで自分と向き合い、応援されることで初めて人から愛されていることを経験した。同時に介護では人間の最期に寄り添い、老いてゆくことを通して、死ぬということや、家族のあり方を見てきた。全身の刺青がもとで肝炎になって闘病もした。今は愛する妻と小さな子供たちを守るために、鉄工所で働き、生きる。俺は幸せなんだと言う。
 世間でいう当たり前などなかった記胤を見ていると、ありふれたいつもの日常や仕事や家族の風景にこそ、最も価値あるものだということを教えてくれているように思う。
 誰かの唄が聞こえてきそうだ。

b0119854_9242370.jpg

b0119854_9244086.jpg

b0119854_92518.jpg

b0119854_9251610.jpg

b0119854_9254174.jpg

b0119854_926480.jpg

b0119854_926235.jpg

b0119854_9265735.jpg
b0119854_9264473.jpg

b0119854_9271061.jpg

b0119854_9272614.jpg

b0119854_928851.jpg
b0119854_9275278.jpg

b0119854_929978.jpg

b0119854_9292870.jpg

b0119854_9294283.jpg

b0119854_9295899.jpg

b0119854_9301262.jpg

b0119854_9302872.jpg

[PR]

by officemigi | 2016-01-12 09:30 | 林建次の日々 | Comments(0)
<< サンクチュアリ 12/21 >>