大嶋記胤は今、リングを降りて介護の仕事をしている。
ボクサーの頃からしていた仕事だった。
かつて足の不自由なヤエコさんを、病院の外に連れ出して散歩をしたことがある。
いつも外を寂しげに眺めていたのを知っていた記胤の提案だった。
外の空気にふれて、ヤエコさんは涙を流して喜んでいたのを覚えている。
彼らしいなと思った。
そのヤエコさんが転院することになり、今日、記胤と最後のお散歩に。
とても穏やかで優しい時間。
およそ8年前、バンコク郊外の閑散としたリングに向かおうとしていた
記胤のあの鋭い視線の先には、こんな風景が待っていたんだと思った。