【オフィスミギ】晴れ男なものですから

BAD LOSER   時間(とき)が動き出すまで

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光矢について、思い出すことがある。
 まだ4回戦の頃だ。判定勝ちだったにもかかわらず、悔しさと情けなさ
のあまり、控え室で泣きじゃくっていたことがあった。そんな選手はあま
り見かけたことがなかった。普通ならば、反省することがあるにせよ、勝
って生き残ったことに安堵するものだが、光矢は違った。わんわん泣きな
がら、声にならない声で、自分に言い聞かせるようにこんなことを言って
いた。
「すいません。こんな試合では上にけないです。次は必ずいい試合をしま
す。」
 
 2006年、東日本新人王決勝。
 入場時にそれぞれの選手の決勝に対するコメントがアナウンスされた。
すべての選手が勝って「新人王になります」という月並みな言葉を口にし
たが、光矢だけが「世界チャンピオンになります」と堂々と言い切ってい
た。

大村光矢。日本スーパー・フェザー級9位。
23戦16勝(12KO)6敗1分。

 光矢のファイトはスリリングで勝つにしろ、負けるにしろ、ボクシングの
本質を伝えてくれる。リングで光矢は下がるということをしない。拳に狂
気を宿らせて、恐れることなく打ち込んでいく。決して器用なボクサーで
はない。勝負に賭ける気持ちが強すぎて空回りし、前のめりになりながら
も飽くなき前進を続け、死んでも構わないといういような闘いっぷりは、
観る者に彼の意気込みがずしりと伝わってくる。だが、その姿は、独り生
き急いでいるようで切なくなる時もある。
「愛媛でヤンチャばかりやっていて、中1の頃、日に1度は喧嘩しようと
決めてました。自分からつっかかったりして。高校も16で中退してしま
いました。悪事の限りを尽くしていたから、地元では嫌われていたと思う。
落ちぶれた自分が嫌だった。だから有名になって地元に発信したかったん
です。一番強い男になってみんなを認めさせたかった」

 19才でワル仲間とは縁を切り、地元の造船所で働きながら空手道場に
通った。最初は軽い気持ちで始めたが、徹底的に打ちのめされたことでな
にかが目覚める。あいつらを絶対に打ち負かしてやる。その闘争心は光矢
の突き動かす原動力となり、強さを求めて、徹底的に自分を磨いていった。

 そして23才で上京、三迫ボクシングジムへ入門する。
 8年の歳月で23試合を闘ってきた。幾多の激闘を繰り広げてきた中で、
2年前に念願の日本タイトルマッチがあった。チャンピオンに挑む前日に
光矢のブログには、その決意がこう書かれていた。

〈俺、リングの上で死んでもいい。それぐらいのものを背負って9月4日
を迎える。東京にきて5年、上京初日にプロの方とスパーリングして、血
まみれにされたところからスタートしました。ボクシングルールでのスパ
ーなのに、自分のパンチがあたらず、歯痒くて蹴りを出して、会長にこっ
ぴどく怒られました。そしてデビュー戦、KO負け。自分の弱さに嫌気がさ
し諦めかけた時期もありました。そんな時支えてくれたのは周りの人たち
のサポートでした。本当に感謝してます。僕がベルトを獲ることで、みな
さんに少しでも恩返しできればと思います〉

 決死の覚悟で挑んだが、頂点に立つことは出来なかった。光矢はたった
ひとつの願いを勝ち取るためにリングの上で、全力で叫んでいるようだっ
た。

「みんなそうだろうけど、すべてがボクシングのためだけの日々。無様に
負けてしまい、本当に終わりにしたいと思うことは何度もありました。で
も、ボクシングを辞めてしまったら、いままで必死で生きてきたことがな
にも証明されず無くなってしまう。それだけはどうしてもできないんです」

 往生際が悪いと言えなくもない。
しかし、次の言葉は心に深く突き刺さった。

「覚悟して上京した23才の時からずっと時間が止まっているような、
そんな感覚なんです。志したあの頃のままでずっと時計が止まっている
ような。」

 31才になる男はこの8年間、焼けつくような想いで頂点だけを見据
えていた。光矢はそこに立つことで、止まっていた時間を進めたいのだ。
求め続けた人生の辻褄を合わせたいのだ。彼はいつか頂点に立った時、
一番強い男になると誓って上京した23才の自分に、感謝を込めてこう
伝えてみたいのだという。

「なぁ、俺はチャンピオンになったよ」

時間(とき)が動き出すまで、光矢は闘うのだろう。

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by officemigi | 2013-06-14 10:06 | BAD LOSER | Comments(0)
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