【オフィスミギ】晴れ男なものですから

終われない想い


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渋谷桃子 SHIBUYA momoko マネージャー 田園調布学園

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「これで最後なんだ。」

いつもの様に慌ただしく試合の準備
に追われながら、渋谷桃子は思った。
12月の夕暮れが迫ったアミノバイタ
ル・フィールドは、2試合目の入れ
替え戦が終わったばかりだった。
 敗退して1部昇格を逃した学芸大の
選手やマネージャーが、涙を流しなが
ら戻ってきた。
渋谷はそれを見て、思った。

「勝ちたい、勝たなければならない。
このチームはその可能性を持っている。」

 チームを1部に上げること、それを証
明して、渋谷はすべてを終わりにしたか
った。日は陰り、照明がフィールドを照
らし始めた頃、ついに試合は始まった。
渋谷は戦況を見守った。いや、正確には、
彼女も、チームと一緒に闘っていた。
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 渋谷は中学、高校と6年間バスケット
に打ち込んできた。選手として充実した
日々を送っていた渋谷は、大学ではもう
体育会系の部活をするつもりはなかった。
何かスポーツのサークルでも入ろうと、
いくつか廻ってみたが、どれにするか決
めかねていた。そのうち、以前から、ア
メフト部のマネージャーから熱心に勧誘
されていた渋谷は、勧誘した先輩が同じ
学科ということもあって、友達について
きてもらい練習を見学しに行った。マネ
ージャーの先輩が楽しそうにやっている
のを見て、渋谷は雰囲気がいいなと感じ
ていた。しかし、いままで選手としてや
ってきた渋谷は、逆の立場となるマネー
ジャーなど出来るのか不安な部分もあっ
た。彼女は、4月の終わりにアメフトの
早慶戦を観に連れて行ってもらった。そ
こで初めてアメフトの凄さと迫力を知っ
た。ルールなどを教えて貰いながら、マ
ネージャーの先輩と打ち解けた渋谷は、
迷いはあったが、アメフト部のマネー
ジャーになることを決めた。自分でも、
ここまで決断できた理由は分からなかった。
 
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 中学、高校と女子校だった渋谷は、
男ばかりの世界というのは、初めてで
戸惑ったりもした。選手たちのハード
な練習を、最初は直視することが出来
ず、人間離れしていると思っていた。
一年目はとにかく雑用だった。選手の
ために炎天下の暑い日も、凍えるよう
な寒い日も、ひたすら、水くみなどで
グラウンドを走り廻った。様々な決ま
り事や、全体の流れを覚えるのに必死
だった。ただ、渋谷は6年間続けた部
活動のおかげで、要求に対応すること
は苦ではなかった。むしろ、忙しく動
き回るの方が楽しかった。
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 2年生になった渋谷は、新入生の勧
誘を初めて経験した。勧誘の仕方がま
だわからず焦っていた彼女は、本来し
てはいけない禁止されてるエリアで、
勧誘をしてしまった。このことがチー
ムの主将の耳に入り、こっぴどく叱ら
れてしまった。渋谷は来年から勧誘で
きなくなるのではないかと、責任を感
じて号泣した。その時初めて、自分一
人の行動がチーム全体に迷惑をかけて
しまうんだと自覚した。

 そんな出だしだったが、渋谷には学
生委員という役職が与えられた。選出
された各大学1名の代表者が集まる、
裏方でチームを代表する大切な役職だ
った。仕事内容は、他の大学の学生委
員とのやりとりをして、練習試合や合
同練習を企画、運営し、また関東学生
アメリカンフットボール連盟が主宰す
る会議に出席して、連盟から受けた通
達をチームに伝えることだった。他に
も多くの仕事を任されるなど、試合当
日はは1日に40回以上電話がかかって
くるのが普通で、大変なことは多かっ
たが、その分、やりがいも大きかった。
渋谷はこの仕事に取り組む中で失敗す
ることあったが、必死でこなしながら
学んでいった。様々なことを同時進行
させていくので、優先順位をつけなが
ら仕事を片付けていった。その結果、
3年生の時には、学生委員の仕事も見
事にこなせるようになっていた。ただ
伝えるだけでなく、何が最良なのか自
分の意見も言えるようになっていた。
この頃がマネージャーの仕事として、
一番充実していたと渋谷は言う。

「この仕事は、ずっとやっていたかっ
たです。でも2年間で交代という決ま
りがあるので仕方ないですよね。この
仕事のおかげで、もの凄く視野が広が
りました。」

 最後の年を迎えた渋谷は、学生委員
の仕事を後輩に引き継ぎ、マネージャ
ーとして全体を見て、円滑に流れるよ
うに、同期で主務の幅美幸のフォロー
をしつつ、後輩たちの面倒をみていた。
チームは最上級生となった6人の同期
の選手たちの中から、主将は伊藤淳太、
副将は佐伯勇造となった。だがあとの
副将は同期からではなく、3年生の近
藤圭介と齋藤龍太郎だった。3年生の
彼らが副将となることに対して異論は
なかったが、本来は4年生から選ばれ
るはずで少し残念だった。今の4年生
は、選手としてのスキルの高さは認め
られても、チームを引っ張っていくこ
とに関して頼られていないのかと実感
した。1部リーグで全敗していた2年
生の頃に、さまざまなことから同期の
チームメイトの多くが辞めていった。
そういう苦しいこともあって残ってき
た6人だからこそ、あと少し頑張って
後輩たちに示してほしい、と願うよう
な気持ちがあった。渋谷は今年で最後
となる同期の彼らを、幅とともに、な
んとか支えていきたいと強く思ってい
た。
 
 チームは2部優勝して、入れ替え戦
の出場を勝ち取った。渋谷は嬉しかっ
た。マネージャーとして何より嬉しい
のは、チームが勝った時だった。一見
、控えめそうに見える渋谷が言った。

「サポートしてきたことが報われる瞬
間ですね。選手が闘って勝った時が、
本当に嬉しい。私はフィールドに立つ
ことはなくても、チームメイトとして
一緒に闘っているつもりなんです。マ
ネージャーの仕事ですらも、チームの
戦力になってるはずだって思っている
し、思いたいんです。最後は絶対に勝
ちたいです。」

 渋谷は辞めていった多くの同期に対
しても、みんなで結果を出して証明し
たかった。
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2012年12月8日、アミノバイタル・
フィールドは、寒さの中でナイターの
試合が進んでいった。上智は駒澤を出
だしから圧倒していた。3Qで伊藤淳
太がタッチダウンを奪うも、4Qに入
り、さらに点差は広がり31対7となっ
ていた。しかし、フィールドの立つ選
手やサイドラインの監督、コーチ、マ
ネージャーたちも必死で闘っていた。
残り時間が無くなっていく中で、渋谷
は、もはや勝てる状況ではないことを
悟っていた。何も考えられず、呆然と
していた。その時、彼女はある感情が
湧いてきたことに気付いた。
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「このままでは終われない。社会人に
なっても、マネージャーをやってみたい。」

試合が終わり、伊藤淳太が観客席にむ
けて皆を整列させた時、渋谷は顔を上
げられないくらいに泣いた。観客席に
は父や、先輩や友人たちが見守ってい
た。終わってしまったという寂しさと、
勝つことが出来なかった悔しさ。さま
ざまな想いがこみ上げてきた。だが、
泣いてばかりもいられない渋谷は、マ
ネージャーとして最後の仕事をこなし
ていった。自分に湧いてきた感情に不
思議だなと思いながら。

 渋谷は振り返って言った。

「楽しかったことしか思い出せないで
す。辛いこととか、大変なこともあっ
たけど、忘れました。そして、まさか
私が社会人でマネージャーを続けたい
なんて思うなんて。自分でも、驚いて
いるんです。就職したら土日は普通に
休んで、暮らしてくものだと思ってい
たんです。それが、どこのチームなら
入れそうかなとか考えてる自分がいる
んです。」

 4年生は入れ替え戦で戦い終えたそ
の日に、食事をした。その後、みんな
は帰ると言ったが、渋谷はどうしても
カラオケに行きたいと強引に連れて行
った。

「私、カラオケが、死ぬほど好きなん
です。生きてる瞬間で一番好きかも。」

 普段、控えめで大人しそうに見える
彼女の意外な一面だった。

「歌うことも好きなんですが、みんな
を楽しませるのが好きなんです。」

 彼女は、そう言って笑った。
 渋谷は、最後に勝てなかった悔しさ
を吹き飛ばすかのように歌い、みんな
にも歌わせて、大いに楽しんだ。結果
は出せなかったけれど、頑張って闘い
抜いた4年間を、みんなで肯定したか
ったのだろう。

 最後の試合が終わるあの瞬間に、彼
女の心にかすかな灯火が宿った。
 もしかしたら数年後、渋谷桃子は社
会人のマネージャーとして、どこかで
闘っているかもしれない。
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by officemigi | 2013-05-16 09:27 | アメフト | Comments(0)
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