【オフィスミギ】諸行無常 林研二(建次) | |||||
櫻井裕太 SAKURAI Yuta OL/DL 麻布大渕野辺 ![]() チームはリーグ戦を勝ち進んで、2部優勝を狙 える位置にいた。最後のシーズンを送る4年生の 櫻井裕太にとって、本来は喜ぶべきことだった。 だが、彼はこれまでの秋季リーグ戦に1試合も出 場していなかった。どんなに望んでも、出れない ことは分かってはいた。しかし、プレーヤーとし てフィールドに立ちたいという欲求は捨てられな かった。自分はこのまま終わってしまうのだろう か。残された試合は入れ替え戦を含めても、残り 3試合だった。やり切れない想いを抱えたまま、 チームを見守るしかなかった。試練にしては、あ まりに厳しすぎる現実を、櫻井は突きつけられて いた。 ![]() 2012年に入ってのことだ。櫻井は身体に違和 感を覚えていた。筋トレ中に、左右の力の入り具 合が違うことを感じた。それに、いつもより重く 感じる。疲れているのだろうか。さらに自宅付近 を軽く走っていた時に、左足につまずいて3回も 転んでしまう。おかしい。こんなことは今までに なかった。練習中も、まるでパンクした自転車に 乗っているかように身体が重く感じられた。自分 ではいつものように走っているつもりだったが、 同期の磯部に言われた。 「お前、走り方おかしいよ。」 櫻井は、片足で10秒も立っていられないことに 気づいた。これはまずいかもしれない。自分の身 体に異常があることを、認めなければならなかっ た。 櫻井は病院へ行った。レントゲンで、脳に腫瘍 らしきものがあることだけが分かった。さらに検 査手術で頭を開いた結果、脳が炎症を起こしてい ることが発見され、「多発生硬化症の疑い」と診 断された。多発生硬化症とは、脳や視神経などに 病変が起こり、様々な神経症状が再発を繰り返す 疾患で、未だ原因不明の指定難病とのことだった。 次、もし再発すれば、アメフトをやるどころか、 社会生活に支障をきたすことを覚悟しなければな らなかった。やがて、一時期の症状はなくなり、 櫻井の身体はいつものように戻っていた。だが、 彼のポジションはハードコンタクトがあるオフェ ンスラインだった。チームとしては、プレーさせ るわけにはいかなかった。だが、櫻井は現役最後 となる、2012年に賭けていた。 ![]() それは、苦しかったこれまでを、ようやく乗り 越えて来たからこそだった。スポーツ推薦の櫻井 は1年生の時から試合に出てチームに貢献してき たが、2年生になると、本来の面倒見のよい性格 が認められ、下級生の教育係になった。一生懸命 やっていたが、その分、自分のスキルアップが全 く出来ずストレスになっていた。さらに、スポー ツ推薦の同期の多くが辞めていくというトラブル もあった。チームも1部で全敗という状況で、せ っかく昇格したのに1年しかもたず、2部降格に なった。そして、3年生となった櫻井はオープン 戦で、スターターから外されてしまう。気がつけ ば、不平、不満ばかりを言って独りよがりになっ ている自分がいた。ありのままを真摯に受け止め て、変わらなければならなかった。一度、スター ターから外れたことは、自分自身を見つめ直し、 チームの一員として自分に出来ることは何かを考 える機会になった。だからこそ、最後の年を全力 で取り組みたかった。しかし、肝心の年に、多発 硬化症の疑いに見舞われるという、大きな試練が 待っていた。櫻井は神様を恨みたくなった。納得 がいかない。どうしても試合に出たい。櫻井は、 練習も試合も、学生スタッフとなっている同期の 千尋と同じく、チームをサポートする側にまわっ ていたが、いつでも試合に出てもいいように、密 かに筋トレもしていた。モチベーションを維持す ることが出来ずに、心が折れそうになることは、 何度もあった。ただ表向きは、最上級生として振 る舞わなければならない。落ち込んでいる素振り は見せず、嫌われようとも懸命に後輩たちを指導 した。 ![]() ![]() そんな日々の中で、櫻井は僅かな可能性に賭け ていた。あきらめることなく、打診を繰り返した 結果、やっと医師の許可書が出たのだ。あとは、 チームの判断にかかっている。新倉監督と墨田ト レーナーに「試合に出たい」と直訴した。しかし、 新倉監督は、何が起こるか分からない状態である 選手に、プレーをさせるという選択は取れなかっ た。何度も懇願する櫻井に、彼の心は揺れていた のは事実だった。櫻井の気持ちは痛いほど分かる。 学生最後の年に思う存分、闘わさせてあげたい。 だが、涙を堪えて言い切らねばならなかった。 「プレーヤーとして残り、チームのために闘うこ とも大切だと思う。だけど俺は、お前を健常者と して卒業させてあげたい。オフェンスラインのポ ジションではダメだ。」 櫻井は泣いた。わがままなのは分かっていた。 だが、試合に出るならば、どうしてもオフェンス ラインのポジションでやりたかった。彼は高校2 年から、アメフトを始めた。通っていた高校には アメフト部がなかったので、よその学校の部活に 参加していた。そこまでして、やってみたいとい う憧れを、中学から持っていた。当初、ラインを 任された櫻井は、もっと目立つポジションをやっ てみたかったが、実際に経験してみると、やりが いがあることが分かった。ある練習試合の時だっ た。櫻井が相手をブロックしてスペースを作った ところを、ランニングバックが走り抜けていった。 自分が味方の道しるべを作る。これだ、と思った 。以来、櫻井は、そのポジションに誇りを持って いた。 だが、新倉監督としては、接触の危険を伴うラ インで櫻井を出場させるわけにはいかなった。彼 は考え抜いた結果、コンタクトの可能性がほぼな い、スナッパーという役目を櫻井に与えることに した。フィールドゴールを狙う時のみに発生する、 ワンポイントのポジションだった。 「体を壊すことなく、チームの人間として、最後 まで残って欲しい。」 新倉監督の櫻井に対する、最大限の愛情だった。 それを感じ取った櫻井は、自分の気持ちに折り合 いをつけて、与えられた新しいポジションを全う しようと決めた。監督やチームに対して責任感が 湧いてきた。彼はスナッパーの練習に集中した。 リーグ戦終盤で、櫻井のシーズンは、ようやく始 まろうとしていた。 2012年11月11日、4勝1分で迎えた第6戦。 2部優勝の瞬間は迫っていた。駒澤は今シーズン 最高のプレーを展開して、1部常連校の東海大を 31対9と圧倒していた。4Q、残り時間はもうほ とんどない。ラストプレイ。これ以上ないシーン で、ついに櫻井はスナッパーとしてフィールドに 立った。言葉にならないくらい嬉しかった。サイ ドラインからは、チームメイトの声援が聞こえる。 だが、試合慣れしていない櫻井はミスをしてしま った。このプレーがきっかけで、東海大に失点を 許してしまったが、勝負に影響するものではなか った。チームは優勝して喜びに湧いている中で、 櫻井は悔し涙を流した。失点のきっかけを与えて しまったことに責任を感じていた。だが、これま での櫻井の苦労を想い、皆が気遣ってくれた。 「練習だと思ってください。入れ替え戦が本番で すから。それまでに、しっかり仕上て下さいね。」 キッカーで副将である後輩の三年生、近藤圭介 は笑ってねぎらってくれた。櫻井は皆の温かさに 救われていた。 入れ替え戦は、完全に上智に支配されていた。 チームは3Qですでに4つのタッチダウンを奪われ ていた。12月に入り、寒さが厳しくなったフィー ルド脇で、櫻井はいつでも出られるように、戦況 を見守りながら黙々とアップしていた。重苦しい 空気が流れる中で、ようやく、ワイドレシーバー の伊藤淳太がタッチダウンを奪う。 フィールドゴール。櫻井の出番がやって来た。彼 は慌てることなく、フィールドに出て、冷静にプ レーした。最後の試合に出られる。櫻井は同期の 伊藤が決めたタッチダウン後のプレーだったので、 なおさら嬉しかった。チームの士気は上がった。 「なぜか、試合が終わるまで負けるんだという感 覚はなかった。点差が開いたからといって、手を 抜くことは絶対にしたくない。」 ![]() 試合終了のホイッスルが鳴った。チームは完敗 した。櫻井は観客席の両親の姿を見た時に、涙が 溢れ出した。 思えば、この1年、ずっと心配をかけっぱなしで あった。 「いいチームでした。監督にも恵まれた。最後は 大きな試練だったけど、結果的に自分は運がいい と思いました。この4年間で得たものは、周りへ の感謝。これしかないんです。」 ![]() 彼は与えられた試練を乗り越えた。これからも 病気のことはつきまとうかもしれないが、葛藤し ながら闘い抜いた1年間の経験が、彼にとって意 味のあるものに変わった。その価値は生涯、色褪 せることはないだろう。 試合が終わって、数日後、彼は後輩から何気な く声をかけられた。 「解放された顔をしてますね。」 そうかもしれない。櫻井裕太は、「フットボール」 を無事に「終える」ことをようやく実感した。 ![]() officemigi HP http://officemigi.com/
by officemigi
| 2013-05-09 10:31
| アメフト
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