【オフィスミギ】晴れ男なものですから

敗戦からの旅立ち

伊藤淳太 ITO Jyunta WR/DB 東京都立芦花高校
 
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「主将、伊藤淳太!」

 伊藤は我が耳を疑った。毎年リーグ戦が終わり、
納会が来年度の主将を発表する場だった。自分に
は関係ないことだと思っていた。おそらく、何か
と面倒見のいい櫻井裕太になるんじゃないかと呑
気に高をくくっていた。だが、自分が主将だと指
名されている。これは何かの悪い夢ではないのか。

「嘘だろ。これからどうしよう。」

予想もしてなかったことと、責任の重さに暗い気
持ちになった。過去を振り返っても、伊藤はリー
ダーになったこともないし、なりたいと望んだこ
ともなかった。どうして俺が、と思った。
 伊藤淳太は学生最後の年を、駒澤大学アメフト
部の主将として迎えなければならなかった。純朴
な青年の苦しい1年が始まった。
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 伊藤は高校時代、バスケットボールに熱中した。
都立ではレベルの高い学校で、部員として認めら
れるのも大変だった。高校1年の時、顧問の先生
に言われた。

「能力的にプレーヤーとしは無理だから審判でも
やるか」

悔しかった。人よりも特別な身体能力はないと思
っていた伊藤は、認められたい一心で朝から晩ま
で厳しい練習に励んだ。そして3年生の時に、よ
うやく試合に出れるようになる。何より監督に認
められたのが嬉しかった。ダメだと言われた自分
が努力によって這い上がり、チームにとって目標
達成するための戦力になれたこと。それが最高の
経験だった。以後、この時の経験が伊藤を突き動
かす原動力となる。
 
 伊藤は部活動を真剣に取り組んでいたが、勉強
は真面目に取り組むことはなかった。大学に行き
たいと望んだのも、スポーツをして、また高校の
時のような体験をしてみたいという単純なものだ
った。とりあえず、体育系の大学を受けてみたが、
やはり落ちてしまった。大学へ行きたいので浪人
したいと親に懇願した。

「勉強もしていないのに、何が大学だ。浪人する
ぐらいなら自分で働け。」

そう言われて家を追い出されてしまった。伊藤は、
住み込みで新聞配達をしながら予備校へ通う。午
前2時半に起きて朝の7時まで朝刊の配達、その
後勉強して、また夕方の3時から夕刊を配るとい
う、仕事の毎日を過ごした。単調とした刺激のな
い毎日に、何をやってるんだろうと思うこともあ
った。結局二浪した後に、2009年3月、駒澤大
学になんとか合格する。彼は胸をなで下ろした。
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 伊藤は大学でバスケットをしようと考えてみたが
、バスケットは2部でも3部でも全国レベルの選手
が集まり、都内で少し強かった程度の自分では無理
なんじゃないかと弱気になった。どうしようか思っ
ていたところに、アメフト部の熱心な勧誘があり、
詳しいルールも分からないまま入部した。伊藤は二
浪していたが、毎日自転車で新聞配達をしていたお
かげで、高校時代の厳しい練習によって作られた基
礎体力を維持していた。そして1年目から試合に出
場することができた。それは伊藤の能力の高さを示
すものだったが、高校の時のように、這い上がって
ポジションを掴み獲るということもなく、なにか拍
子抜けしていた。

「1年の時は、がむしゃらにやっているだけでよか
った。先輩たちにのおかげで、1部へ上がることが
出来たんです。先輩たちに甘えていた分、やり切っ
たという達成感をあまり感じられなかったんです。」

伊藤は、プレーヤーとしての能力を上げることだけ
を考えていた。1対1の状況で、自分の能力で勝つ
ことができるかどうか。足りないものをどう補うか。
それを追求することが楽しみだった。しかし、それ
が出来たのは2年までで、3年からポジションリー
ダーをまかされる。伊藤は、いままで人を教えたり
、まとめたりすることがなかった。とまどうことも、
しんどいことも多かった。チームは2部リーグで停
滞したまま、2012年、伊藤にとって最後の年を迎
える。まさか自分が主将になるなど、この時は思い
もしなかった。
 
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 主将となった伊藤は、チームを引っ張って、なんと
か責任を全うしようと思った。不安だらけだったので
、かつての主将にどうすればよいか相談したりもした。
やったこともないことばかりで、気持ちが落ち着く日
はずっとなかった。始めの頃は、ハドルでも皆になか
なかうまく言葉を伝えることは出来ず、チームをまと
めるどころではなかった。「だめだな、俺は」と思う
散々な日々だった。ただ、伊藤の純朴で、真っ直ぐな
性格には、周りがなんとか助けなければと思わせてし
まうところがあった。それが、この男の長所でもあった。

「自分は主将として至らぬことばかりでした。本当に
まわりに助けてもらってばかりで感謝しかないです。」

 今年の4年生はリーダーシップが足りないと言われ
ながらも、日々なんとか役目をこなしていた。


 伊藤には、この年に期するもがあった。なにがなん
でも入れ替え戦に出場し、1部昇格を勝ち取らなけれ
ばと決意していた。
「このチームでは先が見えない。」
 2年生の時、そう言って辞めていった多くの同期がい
た。悔しかった。だからこそ、最後に揺るぎない結果を
出して、残った自分たちが間違っていなかったことを証
明したい。この4年間を価値のあるものにするには、結
果を残すことだった。
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 2012年のリーグ戦を闘い続けてトップを走ってきた
チームは、6戦目で優勝を賭けた試合に挑んだ。そして
、2部最強と言われた東海大に完勝する。伊藤は不意に
涙が溢れた。

「生き残ったんだ。」

 嬉しかったというよりも、入れ替え戦を決めれたこと
に心底、安堵した。主将として特別なことが出来たとは
思わなかったが、目標の1つはクリアしたのだ。チーム
がプレッシャーのかかった大一番で、力を発揮出来たの
が何より嬉しかった。

 そして、入れ替え戦の相手は上智に決まった。昨年2
部リーグで対戦し、僅差で敗れていて、そのリベンジで
もあった。泣いても笑っても、これが最後となる試合に、
伊藤は主将としてやるべきことを実行した。それはかつ
て選手として共に過ごし、今はスタッフとしてチームを
支えてくれている同期の千尋海渡に対してのことだった。
彼は練習中の怪我で脳出血により、選手として1年で引
退していた。その後、献身的にチームを支えてきた千尋
の選手時代の背番号は「16」。それを、全ての選手の
ヘルメットに付けることを皆に提案した。

「千尋と共に闘う。」

 チームが千尋の想いを背負っていることを、形にした
かった。
 そして伊藤は、上智戦を控えた練習後のハドルで皆に
語りかけた。

「上智に負けるのが怖い。それを考えたら、本当に怖い
よ。でもだからこそ、その恐怖を乗り越えて皆で闘おう。
それを克服して、上智に勝って1部リーグへ行こう。」

 そう言い切った伊藤の姿は、チグハグで自信がなかっ
た頃とは違い、主将としての存在を皆に示していた。
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 12月8日の夕刻、アミノバイタル・フィールドで決戦
は始まった。あの上智は、さらに強くなっていた。昨年
同じ2部リーグで対戦したチームではなかった。1部で
闘ってきた上智の実力に、駒澤は圧倒されていた。試合
のスコアは3Qで、すでに27対0だった。逆転するには
かなり厳しい状況の中で、ついに上智から伊藤がタッチ
ダウンを奪った。曇っていたチームの士気は上がった。

「よし! ここからだ。」

 しかし、動揺することもない上智は、さらに4Qで追
加点を奪い31対7とする。残り時間は3分を切っていた。
皆、必死で闘っていたが、敗北という重い空気が流れ始
めていた。それでも、伊藤は勝負を捨てていなかった。
必ず勝って1部リーグへ行く。しかし、敗色濃厚のハド
ルの中で誰かが言った。

「来年に繋げるためにも、諦めずにしっかり闘い切ろう。」

 伊藤はそれを聞いた瞬間、頭の中で何かが飛んでいった。
初めて、現実を受け入れなければならなかった。

「あぁ、負けるんだ。俺たちはもう、1部リーグへ行けな
いんだ。」

 終了を告げるホイッスルが鳴った。伊藤は選手を整列さ
せ、応援に来てもらった観衆を見渡して、感謝の想いを伝
えた。

「精一杯、戦いましたが、残念ながら1部リーグへの夢は
叶えられませんでした。自分たち4年生はもうプレーする
ことはありませんが、来年は頼もしい後輩たちが、必ず、
その夢を達成してくれると信じています。応援、本当にあ
りがとうございました。」
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 伊藤は深々と頭を下げて、主将としての最後の仕事を終
えた。新倉監督に握手を求められた時、堪えていた涙が溢
れ出した。精鋭揃いの3年生たちは、1部でプレーする機
会は完全に失われた。主将として、申し訳ないと思った。
そして高校で得た、あの達成感はついに得られなかった。
自分は選手として、主将として全う出来たのだろうか。ま
だ何も達成にしてないという、悔いがあった。このままで
は、終われない。伊藤は内定していた会社を辞めて、社会
人でアメリカン・フットボールを続けようと、この時に決
めた。迷いは微塵もなかった。
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 伊藤淳太が生きるために求めるものは、社会的な地位や
名誉ではなく、純粋に「フットボール」で己を高めること
だった。厳しい環境であっても、自分の好きなことで、ど
こまで出来るのか試したい。
 未知の自分と出会うために、伊藤は真っ直ぐに旅立った。 
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by officemigi | 2013-04-24 12:10 | アメフト | Comments(2)
Commented by SEIKO(セイコー) at 2013-10-08 16:14 x
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