【オフィスミギ】晴れ男なものですから | |||||
幅 深幸 主務 浦和実業学園 2012年、春。マネージャーとして主務となった 幅深幸は、主将に就任したばかりの伊藤淳太が、ス ポーツ推薦の新部員へ行った挨拶を聞いていた。 「主将の伊藤です。」 それだけだった。幅は彼が口べたなのは分かってい たが、さすがに唖然とした。 「え? それで終わり? せめて、頑張って、一緒 に1部リーグへ行きましょう! とか言わないの?」 主務の幅がパートナーとして取り組まなければなら ない相手が、チームの主将である伊藤だった。 「これは大変なことになるな。」 なにかと気苦労の多い年になりそうだと思いながらも、 幅は主務として、影から伊藤を支えなければならない と思った。マネージャーである幅の最後の年が始まっ た。 幅は小学生の頃に、初めて箱根駅伝を見に行った。 その時に紫色のチームを応援しようと決めたのがきっ かけで、駒沢のファンになり、幅は大学も駒澤を選ん だ。入学した幅は、多摩川キャンパスの最初の授業で、 たまたま隣の席にいた渋谷桃子と出会う。ある日、仲 良くなった渋谷から懇願された。彼女はアメフト部の マネージャーになったばかりで奮闘中だった。 「とにかく1年生は私ひとりで大変だから、手伝って 欲しい。」 幅は、とりあえずアメフト部の練習を見に行ったが、 どうしようか迷っていた。そもそも、アメフトのルー ルなど知らず、ラクビーとの違いも分からなかった。 さらに、身体の大きい「マッチョな」男の人は苦手だ った。しかも、内心は陸上部のマネージャーに憧れて いることもあった。だが、渋谷の誘いがあったのと、 となりのグラウンドで憧れの陸上部の練習が見られる こともあって、なんともなしに練習を手伝うようにな っていた。 「とりあえず1年頑張ってみようよ。」 先輩にそう言われた幅は、流れにまかせて1年間は やってみようと、アメフト部のマネージャーになるこ とを決めた。 最初は選手たちとは一言も喋ることはなかったが、 ひたすら練習をこなす彼らに、水を渡したり、洗濯 をしたりすることが、支えているという実感が純粋 に沸き起こって嬉しくなった。幅は、意外に自分が そいうことがわりと好きなんだということも分かっ た。 スポーツ同好会とは違い、みんなで勝利のために 目標を持ってやることに意義も感じていた。そして、 先輩たちと一緒にいるのは居心地がよく、共に仕事 をすることが、なにより楽しかった。2人しかいな いけど、仲が良くて仕事も出来る、4年生の先輩を 幅は尊敬していた。サバサバしているけれど、誰よ りも選手のことを考えて仕事をこなしている姿を見 て、あんな2人のようになりたいと渋谷と語り合っ た。 2年生になって、高校時代は体育会系にいた、や んちゃな後輩2人が入ってきた。とにかく意欲的で、 彼女たちの勢いに押されそうになりがらも、幅も仕 事をこなしていった。1年目は授業のことも考慮して 、週3日の活動だったが2年目は週5日になって、様 々なことを把握していった。 幅は3年生になって、会計の仕事のすべてを任され た。その仕事をこなしながら、1年生にも教えていて、 慌ただしい毎日を過ごしていた。会計の仕事は休日で あっても、頭から離れることはなかった。部費や通帳 は常に持ち歩かなければならず、細かいお金を責任を 持って管理していた。ひとり学校で会計の仕事をして いる時、選手である斎藤大樹と磯部亘が手伝ってくれ ることもあった。幅はマネージャーとして、一番充実 した時を過ごしていた。 幅にとってこれまでに一番辛かったことは、3年生 であった2011年の上智戦だった。チームは僅か1点差 で負けた。幅はチームの一員として、あまりにも悔しか った。しかし、選手たちは幅が思っているほど悔しそう にしてるように見えなかった。 「どうして悔しがらないの。もう、こんな部活、辞めて やるっとか思ちゃいました。」 チームのために一生懸命サポートしてきたのに、やる せなかった。 「お互いの立場が違うのは、頭では分かるんです。ただ、 選手とマネージャーが、お互い理解し合えないことがあ ると実感した時は辛かった。」 だが、幅は、これまでどんな苦しいことがあっても、本 気で辞めようと思ったことはなかった。 主務の仕事は、幅にとって考えていた以上に大変だった。 シフト組みなど周りのマネージャーを仕切っていくことに、 神経をすり減らしていた。全体の進行状況を判断しながら、 的確な指示を出さなければならなかった。時にはあえて後 輩を叱らねばならず、それでも同期の櫻井裕太からは、も っと厳しくしてもいいんじゃないかと助言されることもあ り、自分は甘いんじゃないのかと葛藤することもあった。 様々な場面で重要な決断は主務の幅がしていたが、そこに 至まで、多くのことを渋谷に相談していた。 「桃子のサポートがなければ、厳しかったかな。4年間一 緒にやってきた彼女には本当に感謝してます。」 苦しい時でも、お互いを助け合ってきた2人の絆は強か った。1年生の頃に憧れていた、あの2人の先輩のように なれたのかもしれない。 そして、引退試合ともいえる入れ替え戦を迎えた。幅は いつも以上に熱くなって闘っていた。試合中、彼女は何度 も叫んでいた。 「いけ、淳太! しっかりしろ!」 しかし、点差は開くばかりだった。なんとか勝って、後 輩たちを1部リーグに連れて行ってあげたい。幅は最後の1 秒まで闘おうとしているチームを、祈るような気持ちで見 守っていた。 だが、試合に刻まれた最後のスコアは、駒澤7ー上智31。 上智大学の圧勝だった。 「完敗なんだから、素直に受けとめました。悔しいのは間 違いないけど、最後は笑って終わりたかったから。」 試合終了のホイッスルを聞いた時、幅は冷静に頭を切り替 えていた。スタッフを統括する主務として、マネージャーと して、精一杯闘ってきた彼らをサポートする、最後の仕事を こなしていった。 マネージャーの仕事は広範囲に及んでいて、その仕事ぶり は目にみえないことも多い。ただ、直接選手と触れ合う仕事 もある。選手にテーピングしたり、マッサージをしたり。幅 は父親の足を借りて、テーピングの練習をすることもあった。 それらは、もちろん彼女たちの仕事ではあるのだが、選手から、 「ありがとう」という何気ないひとことをもらえるとやはり 嬉しかった。そんなちょっとしたことで、マネージャーとして 彼らをサポートしてきたことが報われ、また頑張ろうと思えた。 昔、幅はコーチからこんなことを言われたことがある。 「あいつら、かあちゃんみたいに使ってくるから、ダメなものは ダメって言わなきゃ。」 確かにそうなのだが、幅は、マネージャーはそれが好きでやっ てるところでもあるのだと言う。 「オフの日に食事を盛りつけて、お皿洗うためだけに来るのも、ど うかなと思うこともありました。だけど、食べることも練習で、そ れも支えになるのならと思ってやっていましたよ。」 幅にとってこの4年間で得たものは、という問いに、冗談混じり にこう答えた。 「どの洗剤が泡立ちやすいとかですかね。」 勝つために純粋に闘っている彼らを見守ったり、支えたりするこ とが、マネージャーという仕事だった。彼女は、それを4年間しっ かりとやり抜いた。最後は主務として、葛藤しながら。 かつて、主将になった頃の伊藤がハドルで緊張してしまい、うま く喋れなかった時、幅は頑張れ、頑張れと念じていた。また、逆に 伊藤がうまく言えた時は、密かに喜んでいた。 「よし! えらいぞ、淳太!」 まるで、おせっかいな母親にでもなったような気持ちだった。そ の想いは幅にとって、主将の伊藤に限らず、すべての選手に当ては まることだった。 「チームのみんなは、本当に家族って感じるんです。1年生から 4年生まで。嫌でも毎日顔を会わせなければいけないでしょ。」 幅深幸はそう言って、愛情たっぷりに笑ってみせた。
by officemigi
| 2013-04-22 12:33
| アメフト
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