【オフィスミギ】晴れ男なものですから

さて。


昨日、校了しました。

望月龍平さんの手がける舞台「君よ生きて」の80pのブックレット。


限られた時間で持てるものは出し切れたかな、と思います。


その分、最後まで緊張状だったので、校了してもある意味興奮状態が続き眠ることが出来す、

食べても、気持ち悪くなる感じでしたが、徐々に戻ってきたようです。


原稿抱えたまま小笠原諸島へ行くんだけど、

行きのフェリーで最後の原稿の8割は書き上げた。


で、締めは初日の撮影を終えて、夜書こうと思っていたんだけれど、

疲れ果てて一度寝てからにしようっていう甘えが出る。


それでベッドに潜り込むんだけど、

どういうわけだかある一定のリズムでへんな音が聞こえてくる。

最初は隣の部屋からのイビキなのかと思っていたんだけど、

どうも違う。

少し苦しそうに、けど静かに息を吐いているような感じだった。

で、部屋のタペストリーとか突然ガタガタ震えるし、

「おいおい、勘弁してくれ、俺疲れてんだから」

なんとしても寝てやるって思っていても、

まったく止まる気配がない。


ん~。書くしかねぇのか、とパソコン開けて書き始める。


内容は、戦争を体験した方の想いを表現するもので、女優さんの祖父にあたる方の話だった。

取材した場所も靖国神社の神池庭園。

その時の話を綴った。


相変わらず聞こえてくるけど、まぁいいかと。

書き終えたのは午前3時過ぎだったけれど、

その時はもう例の声なんだか音なんだかは止んでいて、

書き終えた解放感もあり熟睡。


で、翌日の撮影で、

父島で3代続くコーヒー農園の方の取材と撮影。

コーヒーってこんなに愛情かけて育てていくんだって話は感動的で

凄いなーと思っていたんだけど、農園の方がここは戦時中の防空壕だったんだという説明も受けた。

その迷路のような防空壕の入り口までいったんだ。アメリカ軍との激しい戦闘があったとう硫黄島への物資の補給路でもあって、

激戦で亡くなった栗林中将もここにいたんだと。

色々話していくうちに、硫黄島は小笠原諸島の島民なら慰霊に行くことができて、

過去に行ったことがあったという話を聞いた。

真夏の時期だったそうで、日本軍が築いた迷路のような地下壕は灼熱と化していて、

飢えと渇きでよくこんな状態で戦ったと思ったという。

日本軍は壊滅で2万人の方が亡くなったという。


 あぁ、そうかと納得した。昨日聴いたあの音は暑さに耐えながら息を潜めていた呼吸のようにも聞こえた。

モタモタしていないではやく書いてくれよ。みたいな感で。  

まだまだ御霊が残っていらっしゃるように感じた小笠原の旅でした。

これから、やるべきことがあるんだと深く感じる。


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# by officemigi | 2017-02-12 02:01 | 林建次の日々 | Comments(0)

明日から

撮影で、小笠原諸島へ。
フェリーで片道24時間。

で、現在、舞台「君よ生きて」のブックレット製作の佳境なんだけど
別件の仕事。
「君よ生きて」の原稿抱えて行くんだけど、まぁ、生きた心地がしないくらい
恐ろしいスケジュールだなぁ。

まぁ、これからやろうとしていることを考えると、
神様に試されてるんだって思うしね。

「君よ生きて」はシベリア抑留の話でもあるんだけど、
小笠原諸島って、日米の凄まじい激戦地だった硫黄島もあってね、
なんか意味あんなぁって思う。
たしか、クリント・イーストウッドが日本側と米国側の
二つの観点から描いた映画作品があって、
渡辺謙さんが出でいたっけね。

美しい島であることには間違いないんだけれど
そういうものもしっかり感じてみたいと思う。

そういう場所で原稿仕上げれられば意味あるよな。

で、最後の原稿は伊東えりさん。
本当に素敵な方です。
歌声なんてもう、きいただけで涙出そうになるし、
舞台に立った時の美しさ、憂さっていったらね。
ユーモアたっぷりですごく可愛らしい方。
美しさっていうのは、ある一定のステージのことではなくて
生き方なんだって思うね。

海外でも活躍されているのがよくわかります。

靖国神社でお話し伺って、
感じるものがたくさんありました。

撮らせていただいた写真も
神がかっていて本当に素敵でした。

さて、ラストスパートやね。
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# by officemigi | 2017-02-06 02:21 | 林建次の日々 | Comments(0)

純粋に

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 期待と不安を抱えて降り立つ場所は、
いつも東京駅だった。

 踊ることが大好きだった少女は、脇目も振らず走り続けた。
本能が「違う」と判断した時、ためらうことなく自ら宝塚を降りた。
演じることに疑問を抱いた時、ぶら下がることなく劇団四季も辞めた。

一度、福井に戻ってダンスを教えながら、静かに自分と向き合った。
彼女は我欲などを持つことはなく、だた、純粋に、正直に生きる。

 柴田桃子は、再び東京に向った。
 そして、龍平に導かれることになる。

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# by officemigi | 2017-01-26 11:04 | 君よ生きて | Comments(0)