【オフィスミギ】晴れ男なものですから

演出家 望月龍平

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熱がある。
が、声を荒げることはない。
深く、鋭く、静かだ。


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# by officemigi | 2017-02-21 01:59 | 君よ生きて | Comments(0)

小西のりゆき

 「君よ生きて」大阪公演を終えて、善吉役の小西さんと梅田の街を歩いた。


 小西さんが小学生の頃通っていたという学校に寄ってみると、つい最近取り壊されていたようだった。

 寂しさはあるけれど、通りのタイルは昔のままで僅かな面影を残していた。


 照れ臭そうに小西さんは言う。


「これは父親のコートなんです」


 あれこれ喋りながらかつて通っていた道を歩いた。


 どこか懐かしそうに。
 ささやかな嬉しさを隠すように。


 亡き父のコートは暖かそうだった。

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# by officemigi | 2017-02-19 21:11 | 君よ生きて | Comments(0)

神野寺

 今となっては当たり前のようになっているお寺でのアーティストのライブイベント。

 2002年の頃はまだそんな時代じゃなかったけれど、それを先駆けて取り組んでいたのが池上本門寺で、当時は満月の十三祭りといって満月の日に本門寺でコンサートするっていう画期的な取り組みだった。


 お堂をライトアップした幻想的な雰囲気の中で、梅若六郎さん、朝崎郁恵さん、UAさん、喜多郎さん、矢吹志帆さん、矢中鷹光さん、ジョン・チャヌさんといったそうそうたるアーティストたちよる満月の夜のライブ。それを取り仕切っていたのが、安永さんだった。
 
 こんな僕なんかも撮影に関わらせていただき、翌年には本門寺朗峰会館で写真展も開催させて頂けたのは、ボクサーを撮っていただけの自分を安永さんが認めて下さったからこそ。


 安永さんは僧侶でもあるんだけれど、当時は本門寺の朗報会館支配人でもありエリートといっていい役職だった。

 けど、そんな安永さんは廃墟と化した小さなお寺を復興するために、すべての役職を捨て去るんだ。しかも、そのお寺の住職は孤独な亡くなり方をしたという。誰も手をつけることなんてこれまでもなかった。地域の人は荒れ果てた廃墟のお寺でいい印象なんてなかったはずだ。


 僕は安永さんが三ヶ月間、荒果てたお寺を独り黙々と修繕工事をしていたのを知っている。生活の保証もない。そこに儲かる話なんて一切ない。ただ、埃まみれになったご本尊を救い上げるような行為。


「少なくともバチが当たるようなことはないよね」


 今もそう笑って言うけれど、たくさんのリスクを背負ってた。


 本来のお寺の役割とは。

 例えば、心に闇を抱えた人がふらり立ち寄って元気になれる場所。

小さくとも人が集う暖かな場所。


 本門寺での大規模なイベントは、お寺の敷居の高さを取り払い、もっと気軽に立ち寄って欲しいとう想いがあった。心に闇を抱えた人がふらり立ち寄って元気になれる場所こそが、本来のお寺の役割であることも。


 ライブ前にそう言って伝えることあっても、実際、地域のお寺にそれが本当にできるのであろうか。
 いや、そうであるべきた。
 そして、ただ、それを実行するだけ。


 本当に凄いなと思う。

 時は流れて、今、横浜で別院の神野寺をエアサイクルハウジングによって建立し活動されている。

 安永さんの活動は多岐に渡っていて、ここでは詳しく書けないけれど、時期が来た時にしっかり取り組みたいと思っています。



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# by officemigi | 2017-02-19 03:02 | 林建次の日々 | Comments(0)