【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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あなたがいたから出来たこと 序文

 


昨年の今頃といえば、原稿で奮闘していた。


書家の夕幻の作品集。以前から旧知の間柄でははあったが、

依頼されて深く関わるようになって初めて夕幻の凄さを知ったと思う。


書と人と向き合う純度の高さ。

そして優しさ。


 母の発病で「命」と向き合いながら、

亡くなるまでの一年半の間に出来た作品たち。母親との向き合い方が凄かった。

なかなかできないことだと思う。


最終的にバラバラになっていた家族は一つになっていくんだよな。

書道家として大きく成長していく様を見させて頂いた。

彼の残したもの、そして今地道に取り組んでいること。

彼はおそかれはやかれ立つべき場所に立つと思う。


昨年の夏に出来たこの本の冒頭を掲載します。


物語は母親を亡くした後、その想いの言葉「あなたがいたから出来たこと」を

書く場所を見つけたところから始まります。


彼のことを是非知ってもらいたいですな。



あなたがいたから出来たこと


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「ユウはね、ジジの膝の上に座って書いていたんだよ。

小さな手で筆を持ってさ。そう、ジジに手を添えてもらってね」


 父は懐かしそうに書斎を見渡した。

江戸川区の平井にある二階建ての古風な家に父子はいる。

吐く息も白くなるほど書斎は冷え込んでいたが、障子越しからの光は部屋全体を柔らかく包んで、

少しだけ寒さを忘れさせてくれた。


書斎には書をしたためたであろう使い古された机があり、

同じく使い込まれた幾つもの硯や大小の筆、墨や半紙などがきちんと整理されていて、

まだ主人の気配を十分に感じることができた。


 遠藤夕幻は、それらをひとつひとつ手にとって眺めていくうちに、

祖父に抱かれている感触と、机の上に真っ白な紙が敷いてある光景がぼんやりと頭に浮かんできた。

なぜか聖域にいるような感覚があった。そして、それを自分が懐かしく感じていることに内心驚いていた。


「そうだったんだ」


 かつて祖父母は書の師範を得て子供たちに書道を教えていたが、

実際に夕幻が教えてもらうことはなかった。それは自分が望んでいなかったという単純な理由だった。

夕幻は、祖父母の家に行くのを敬遠していた時期がある。

それは、亡き母が祖父母のことをあまりよく思っていないという印象が強いせいでもあった。

  

 夕幻は書道で生きると決めて十一年が経っている。

自分は書道家のエリート家系とは違って、ごく一般の家庭から出て来たにすぎないと思っていたが、

物心つく前から書に触れていたのだという事実はやはり嬉しく思えた。

書道家として潜在的に自分を創ってくれた原点をあらためて感じて、

初めて祖父母に心からの感謝の念が湧いてきた。


 夕幻は書斎に漂う氣を身体一杯に吸い込んでから祖父の仏壇の前に座り、

静かに般若心経を唱え始めた。

父は腕を組んだまま、成長した息子を見つめている。


夕幻は心の中で想いを巡らせていった。


 夕幻には書かなければならない言葉があった。

これは夕幻が書道家として生きていく中で、様々な人と出会い、向き合い、時に衝突し、

へし折られ、見守られ、多くの喜怒哀楽を体験してきて、自身の心にすっと浮かんできた言葉だった。


この数年、その言葉の持つ意味や想いが、また大きく変化して行くことをあらためて感じていた。

その言葉は特定の誰かに向けてのものでもあり、また、多くの、様々な人たちに向けてのものでもあった。


書道家、遠藤夕幻にとって、その言葉を、いつ、どこで書くのか、

ということが作品を創る上で大切なことの一つだった。


意味のある時に、意味のある場所で、価値のある水を使って墨を磨り、

筆にすべての想いを託して書く。


そうして、初めて遠藤夕幻の書が生まれる。

彼が七転八倒しながら夢中で生み出していった彼独自の書の本質だった。


手を合わせながら、夕幻にある想いが浮かんで来た。
間もなくこの書斎の主人である祖母の命が尽きようとしている。

夕幻は数日前に病室にいる祖母を見舞い、手を握って感謝の念を伝えていた。

もやは喋ることすら出来なくなっていた祖母が、微かに自分の手を握り返したことを思い出した。


夕幻は般若心経を唱え続けた。思考はより明確となる。


「俺は、ここで、この書斎で書くのだ」


 幼い自分に書道というかけがえのないものを与えてくれた祖父母のために。


 どんな環境であれ、常に愛情を注いでくれる父のために。


 書で生きる自分を密かに見守ってくれた亡き母のために。


 どん底にいた自分を救い、常に自分に寄り添う愛する人のために。


 これまでも、これからも遠藤夕幻に関わるすべての人たちのために。



あなたがいたからできたこと


 書に馴染んだ幼い頃から、書で生きることを誓い、

必死だったこれまでの様々な出来事が心の中に蘇る。


そして、作品を書きながら母の命と向き合った

あの一年半の凝縮された日々が何度も反芻された。


 二〇一六年、二月。清々しく晴れ渡った冬の日だった。


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by officemigi | 2017-05-08 23:31 | 林建次の日々 | Comments(0)