【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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過去のことや、経験したことを踏まえても、
なにがベストなのか、躊躇したり迷うこともある。
自分が正しいとは思わないし、まぁ自由なんだと思う。
そういう余裕が少しできたということか。
若さの最大の特権は生意気さだと思うし、それを放っておくの愛情だと思う。
それに対して、あえて感情をあらわしにて大人ぶることなく貴様、といい放つのもいいかなと。
しんどいけど、結構楽しい。
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by officemigi | 2016-02-29 01:56 | 林建次の日々 | Comments(0)

大嶋宏成

  大嶋宏成と関わりを持たせて頂くようになったのは、2000年の日本王者リック吉村戦前からだった。
無敗で日本ライト級1位まで駆け上り、人気絶頂の頃だった。毎日のようにテレビ、雑誌の取材が続き練習に集中できず大嶋自身は内心うんざりしていたかもしれない。

  今でも大嶋宏成といえば、刺青を消してヤクザからボクサーになったということを覚えている人は多い。
彼が元暴力団構成員という他のボクサーにはない背景がマスコミを通して彼を有名にさせたと思う人がいると思う。
 だが、大嶋宏成の本当の価値というのは、世間の偏見や潜在的な差別の中から、人として生きる道を切り開いていったということにあると思う。

 ちゃんと考えてみればそれはすぐに分かる。
本来ボクシングジムは誰でも入れるものだが、彼の背景を受け入れて貰えるジムなどなかった。ジムに限らず、社会全体がそうなのだ。
そこから始めなければならない。過去にも志した人はいたはずだが、誰もプロボクサーになれた者はいないのだ。
様々なことを克服して、なんとかリングに上がれたとしても、デビュー戦で負けていたとしたら、あるいは、つまらない試合をしていたとしたら、やっぱりヤクザものなんか無理なんだよと世間から白い目で見られ叩かれていたはずだと思う。

  そういう目に見えないハンデを大嶋は自ら背負い、鬼気迫る狂気を持ってリングに上がっていった。
あの鋭い眼光と強烈な存在感は当時も今も大嶋以外見当たらないように思う。
それはかつて大嶋が暴力団構成員だったからではない。
彼は「生きる」ためにボクシングを選び、必死だっただけだ。
その姿を見て人は何かを感じ、大嶋宏成に世間の注目が集まっていった。

  大嶋のボクサーの晩年は満身創痍であったのを私は知っている。
彼に夢を乗せていた人はたくさんいた。確かに、3度のタイトル挑戦は実らなかった。

  だが、時が経った今、大嶋が残した価値を想う。
  こんな話がある。リック吉村戦後の試合だと思う。私は大嶋の試合のポスターを私の友人に送った。
今、大嶋宏成を撮っていることを伝えたかったからだ。
友人は居酒屋で誇らしげにそのポスターを仕事の同僚に見せて盛り上がっていた。
するとその店で呑んでいたひとりの男性が、私の友人のところに来て、そのポスターを譲ってくれといって聞かないのだという。
1枚しかなかったが、あまりの真摯さに圧倒されて、友人は大嶋のポスターを譲ることにした。
男性の眼には涙が滲んでいたという。想像するに、その男性も様々な境遇を生きてきたのではないかと思う。

大嶋宏成は底辺でもがきながらひっそりと生きている人たちにとっての希望だったのだ。
彼がボクサーとして生きた意味は求め続けたチャンピオンという肩書きではなく、こんな人たちのためにあったのではないだろうか。
  だから私は写真を撮ることで大嶋宏成と一緒に並走させてもらったことを誇りに思うのだ。

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by officemigi | 2016-02-24 00:24 | 林建次の日々 | Comments(0)

2月21日

ここ最近、清原和博さんのことでマスコミを賑わしている。あれだけの人物だし、単純にやってしまったことはいけないんだけど、「夢を与えるスーパースターが」とか、「私たちは裏切られた」みたいな言葉をよく聞くけれど、それはわからないでもないけれど、そういう報道に凄く違和感を感じてしまう。まぁ、そういうものか。いつものように事実は伝わっているけれど、真実はまた違う側面を持っているものだと思う。心の奥底ていうか。人間って完璧じゃないよ。弱かったって切り捨てるのは簡単だと思う。清原さんに夢を見てきた人は、人間ってこういうこともあるんだってしっかり受け入れるいい機会だと思う。
清原さんは世間の人と同じく自分の子供を愛している。彼らのためにもしっかり生きなきゃって思っていたはずだよな、絶対。愛って本来凄い力のはずなんだ。自分で例えるなら、身体の痛みすら感じなくなって頑張れるっていうような。それぐらい凄いものなのに、その意志ですらまったく通用しなくなるクスリっていう存在はなんなのだろう。
ボクサーでもいたよな。川崎タツキさん。重度のシャブ中だったけど、恋人の果てしない愛で救われて、ボクサーになって輝いた人。引退した今でも本当に心の綺麗な人。
 清原さんを救えるのは結局、愛しかないんじゃないかな。無償の。ダルビッシュがセカンドチャンスを与える社会になって欲しいと言っていたけど、本当にそう思う。清原さんが見事に社会復帰出来たら、同じような人たちが救われるはずだよな。険しい道だけど、そうなって欲しい。
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by officemigi | 2016-02-21 10:48 | 林建次の日々 | Comments(0)

和氣慎吾

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彼は世界戦を待たされている状況かもしれない。
世界ランキング1位でありながら、だ。
普通ならイライラすると思う。
でもそれを逆手にとって、彼は自分を磨くことに集中している。
和氣慎吾の強さは、その世界レベルの技術、テクニックだけではないと自分は思う。
過去の失敗や、経験から、人間のしてのレベルを上げて戦うことのできるボクサー。
目に見えないもの、例えば応援してくれる人たちの想いを背負って、それをエネルギーに変えることのできるボクサー。
それが彼の最大の武器だと思う。
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by officemigi | 2016-02-13 21:29 | 林建次の日々 | Comments(0)

南風815   歌詞

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深く胸打たれた。
泣けてくるのは、歳のせいではないと。
彼にしか唄えないだろうな。
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by officemigi | 2016-02-13 01:07 | 林建次の日々 | Comments(0)

南風815

鈴は10代の頃、沖縄、山原の村々をひとりで巡っていた時にある老婆に出会う。
かなり破天荒な人らしく、皆「ヤチ婆」と呼んでいた。
彼女はやんちゃな悪ガキたちを引き連れている。鈴とヤチ婆は当然のように仲良くなった。
出会って3日目、鈴は浜辺でヤチ婆の話を聞いていた。
彼女が、かの戦争で恋人を失っていたことを初めて知った。

「愛する人の話をする時、老婆の瞳が少女のように美しく輝いていた」

そう言って鈴は歌い出す。

この曲の詩は、「戦争、死、悲しみ、苦しみ、」といった直接的な言葉は一切出て来ない。
青空の下、海の向こうから穏やかな風に乗って聞こえて来る言葉に耳を傾ける。
それは彼女にしか聞こえないあの人の声。
一緒に生きていくとこは叶わなかったけど、今もあの頃のように想っている。

「南風815」鈴は20年経って彼女の想いを曲にした。
というよりも、鈴自身およそ20年の歳月を生きたからこそ出来たのだろう。

もうすでにヤチ婆は愛する人のもとへ旅立ったのだという。

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by officemigi | 2016-02-12 11:18 | 林建次の日々 | Comments(0)