【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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真輝

 真輝から連絡があったのは、2009年。十数年の想いをようやく一冊の本というカタチに変えてで慌ただしかった頃。彼は2009年の新人王最有力候補だったが、重度の網膜剥離よって引退しなければならなかった。4戦4勝3KO。彼は誰にも負けたことがなにのに、ボクシングを取り上げられてしまう。手術を終え、病室で絶望している時に、ドコモのテロップに私の出版した本の情報が流れて、すぐさま取り寄せて読んでくれたという。感じるものがあったのか、どうしても会いたいという連絡を貰った。そこからの付き合いだった。
 当時、真輝はこの本に救われたようだった。出版までに何年もかかってきた本が、彼のような人間の救いになるのだということを感じられて、写真を続けてきてよかったんだと思えた。
ボクシングがすべてだった真輝は、こんなことを言っていた。
「ボクサーとして、世界を目指すことは出来なくなっても、気持ちとか、生きる姿勢は、死ぬまでずっとボクサーでありたい」
ボクシングを見つけるまでに、そして取り組むまでに、本当にいろんな障害を乗り越えてきた。やっと出会えた、自分のすべてであるボクシングをあっという間に失ってしまう。それは、泣き出したいのを堪えて、自分自身に言い聞かせているような言葉だった。彼は折れそうな心を必死で奮い立たせていた。今でも、当時のことを鮮明に思い出せる。
 あれから6年。すべての人がそうであるように、彼にも様々なことがあった。彼は、生きる道を探し、結果を出し始めました。
 もう、ボクシングには未練はないと言い切っていた。彼の行動や仕事に対する姿勢は、それを証明していたし、未練はないというのは真実だと思う。けど、心の奥底で、闘いたいという欲求はどこかにあるように感じていた。彼はたった4戦しかしていない。自分の力を試して、負けて、納得して、ボクシングを終えたわけではない。真輝は頂点に向かって、納得できるまでリングで全力で闘いたかっただろう。その気持ちの折り合いをつけるのは、並大抵のことではなかた。言わずとも、その葛藤に苦しんでいた。
 彼は仕事の成果を上げて自分の時間とそれなりの収入を得るようになった。満たされた生活を送る自分にとって必要なことは何かと考えた。死ぬまで魂はボクサーでありたい。それをも一度取り戻す。それがすべてだった。
 そうやって引き寄せた今回の試合。相手は真輝と同じ元ボクサーであり、2009年の新人王にエントリーしていて、真輝と同じ日の新人王の予選に出場していた。不思議なことが起こるものだと思う。
 ボクシングの聖地である後楽園ホールではなく、どちらかといえば、素人のお祭りの要素が強い興行かもしれない。しかし、最後と決めた真輝にとっては、これ以上ないリングだったと思う。
 ブランクがあるにしろ、もとも身体を鍛えていた真輝は、試合に向けてハードなジムワークに取り組んでいく。ただ、現役の頃のような無茶は出来ない。オーバーワークに細心の注意を払いながら、精神と身体を今出来る最高の状態までに引き上げようとしていた。真輝は試合まで一ヶ月を切った頃、突然体調を崩す。9月に入っても、寝たきりの状態が続き、実はとてもリングに上がれる状態ではなかった。闘わせたい気持ちはある。しかし、この十数年、カメラマンとしてボクシングがどれほど危険な競技であるかを嫌というほど見てきた。命を失ったボクサーもいる。何かあってからでは遅いのだ。止めるべきだろうか。いや、危険だから止めるべきだ。彼にそのことを伝えたが、満身創痍の状態でもリングに上がるという。
「この試合で乗り越えなければならないことや、与えられた苦しみをすべて味わいたいんです」
 この言葉に胸を突かれた。
 ただ単に試合をして、目立ちたいという次元ではない。自分の限界を超えて己を高めていく。真輝がボクシングに求めてきた本質だった。そんな想いでプロのリングで闘い続けたかったに違いない。それを無理矢理押し殺して、これまでを生きてきたのだ。
 これが、本当に最後。この一試合だけ、思う存分闘いたい。お祭りのような興行でも、彼にとっては大切な意味のある試合だった。
 試合は2分3ラウンド。
 どうだったかという細かいことはいいだろう。彼はやはり研ぎすまされていた。結果的に真輝はフルラウンドを闘い、3度相手をマットに這わせてKOした。すべての力を出し切った本当に素晴らしい試合だった。これまでの想いを、ボクシングを存分に味わうことが出来たのではないだろうか。おそらく、プロのリングでも、彼はこんなふうに闘って来たのだろう。真輝にとって、ボクサーの魂を取り戻した日になったのだろう。そして、ようやく本当の意味でボクシングに折り合いをつけることが出来たのではないのだろうか

 彼はリングを降りて、駆けつけた100人あまりの人たちの祝福を受けた。そんな中、彼と目が合うなり、笑いながらこんなことを私に言った。
「こんなキツイことはもう二度とやらない」
 言葉とは裏腹の屈託のない汗まみれの笑顔は、悔いなくすべてやり切ったという証のようだった。真輝は6年前に出会った意味を、身体を張って作ってくれた。   
 ありがとう。
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by officemigi | 2015-09-21 00:39 | 林建次の日々 | Comments(0)

鈴康寛

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鈴康寛は重要なことサラリをいう。
正確ではないかもしれないが、この数ヶ月で何度か聞いた言葉だ。
創り出す音楽、曲、詩、それらすべては「振動」なのだと。         そこに魂といえばいいのか、言霊(情報)を乗せる。そして伝える。深いなと思う。彼はLIVEの時、見える範囲の中で、一人一人の顔を確かめながらうたう。昔だが、中森明菜さんに楽曲提供した「帰省」は、彼女のキャリアの中で、もっとも好きな曲なのだという。しかし、明菜さんは、あまりの歌いづらさ、曲の難解さにLIVEでは殆ど披露したことがないという。
 この昨今、一流と呼ばれる方々が制作するはずだった新国立競技場や、一流と呼ばれる人が制作したエンブレム、あるいは国会のデモ。これら、うさんくさいと感じたり、明らかに間違っていると思われることに対して、皆が当たり前に拒絶しているように思う。 そんな時、本物のアーティストが求められているとすれば、鈴のような人物だと思う。けど、そんな表現者は大抵、プロモーションベタというか、まったくそこに力を入れていないっていう、このもどかしさ。どんなに撮っても、とても写真じゃ表現しきれない、このもどかしさ。でも、何故歯痒いほどそう思うかというのは、ただただ、桁外れに彼は凄いと思うからだ。
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by officemigi | 2015-09-02 01:59 | 林建次の日々 | Comments(0)