【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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12/30

師走です。

ドタバタしながら、今日の最後は大嶋記胤のセッションでした。
これからです。来年のテーマです。
いきや でした。
ああ、あす大晦日ですな。
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by officemigi | 2013-12-31 01:26 | 林建次の日々 | Comments(0)

12/26

大嶋記胤と宵待へ。
来年、彼の半生と未来を語る場ができたらと思います。
何度も試されて生きてきた彼だからこそ語れるものがあるはずで、
それを必要としている人もいると確信してます。

その後、エアサイクルハウジングの忘年会で二子玉のソウルツリーへ。
田中さん、市川さんとの出会いは奇跡だったとあらためて思い、
自分が思った以上の仕事が出来たと実感しました。
また各方面で多くの評価を頂けたのは、田中さん、市川さんをはじめ、
関わる方々が真剣に取り組んでいるこそだと思いました。

来年は撮ることはもちろんですが、書くこともこれまで以上に求められると思うし、
書きたいとも思います。

そして、数日前にとても残念な、悲しいことを知らされたけど、
多くのことを考えさせられた。
与えられた時間を、命を使い切るということは、
生涯どれほど心震える時を持てたのか。
やはり、幸せを感じられることが一番なのだと、そう思いました。
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by officemigi | 2013-12-27 02:49 | 林建次の日々 | Comments(0)

12/24

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23日に生まれたそうです。
あれこれ終らせ、昨日撮りに伺いました。
昨年の結婚式からあっという間のような気がします。
新しい生命は、周りを幸せにするな。
おめでとう!!


その後、「いきや」にむかい、大嶋兄弟に会う。
物語の原点はここにあると再確認。
呑んで、歌って、また呑んで。
来年、自分のやるべきことを確認、約束する。
ボクサー、舞台、アメフト、職人と培ってきたことを最大限に生かそうと思う。
大役なり。
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by officemigi | 2013-12-25 10:55 | 林建次の日々 | Comments(0)

オルタスジャパン忘年会

2010年にお世話になりましたオルタスジャパンの忘年会でビンゴで皆がうらやむ社長賞頂きました。
来年は飛躍の年に。
様々な出会いや再会ありで、来年にむけて大きな展開ができそうな気がします。
今年は新年からアメフトの青春群像の執筆に集中し、
後半は職人の撮影、執筆。
必死で食らいついていった結果を今、実感してます。

多くの方々とステップアップした環境で望めるようにしたい。

もうひつ嬉しいことは、敬愛する写真家の土門拳さんのお弟子さんであり、
オルタスジャパンのディリクター、プロデューサー、制作総括である吉岡さんにお会い出来たこと。
土門さんの火柱のような撮るスタンスが大好きなことと、今年、あの室生寺に行けたことなどをお話させて頂きました。吉岡さんが制作した土門拳さんの番組のdvdを頂きました。
来年、写真と映像での表現を一緒に模索出来ればと言って頂けたので、とにかく嬉しい。
厳しい現実の中でも、もうずっと自分の思うような表現をする媒体を持つという目標があり、
ここ2年の経験でより具体的なイメージが出来ると思う。

最後の最後で撮りたい、関わりたいと思う方がいるので。
なんとしてでも。だ。
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by officemigi | 2013-12-21 02:41 | 林建次の日々 | Comments(0)

なんだか

不器用な方である。
 
松崎ナオ

http://www.matsuzakinao.com

彼女と会う機会が何度かあって、あれこれと話を聞いたりしてそう思った。
音楽しかないんだろうな。
彼女の歌は日常のありきたりの風景の中に、僕はこんな風に感じるんだっていう、
ちょっとした世界を教えてくれる。
あぁ、そうか。そうだよなぁ。
なんだかホッとする人もいるだろう。

NHKドキュメント72時間のテーマソングも彼女の作品が使われているので、
是非、聞いてみて欲しい。ドキュメンタリーと曲がこんな風に融合できるのは素敵なことだと思う。

この曲もなんだかいい。素晴らし。

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by officemigi | 2013-12-16 13:35 | 林建次の日々 | Comments(0)

12/14


〜家。例えば、写真家、音楽家、書道家。〜家とつくものは多い。
クリエイターっぽく、芸術家っぽく、聞こえはいいな。

ワタクシは写真を極めるつもりなどなく、というか、そんなものはたかが知れているように思っている。たしかに、知るべきおところはある。しかし、それよりも、写真を通して、人間を知ることであり、感じることであり、そこから人を敬うことを学ぶためのように思うな。礼儀とかも含めて。この年で、まだまだ足りおないことたくさんあるからこそかな。
今日、写真教室は最後でした。うまく撮る技術を教える場でもありますが、なによりも心動かされたこと、人を幸せにしてあげられること、人の心をその人なりに理解してあげられること、生きてる実感を得られること。撮ることで、そんなことを感じられたらいいですね、というようなことを伝えてきたつもりです。楽しかったし、ノブに感謝!
ん〜、ありがとうございました。
さて、次のステップへ。
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by officemigi | 2013-12-14 23:45 | 林建次の日々 | Comments(0)

昨日

夕刻に帰宅した後、左の人差し指にトゲが刺さり、なかなかとれなくて、右往左往。ハリでとってもらおうとあちこちお願いしにいったが、深くていかんちゅうことで、救急外来へ。こんなことでと思うのだが、人差し指使えんだけで、かなり面倒になるもんですな。麻酔打って抜いてもらって22時に終了。あー、よかった。
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by officemigi | 2013-12-14 11:23 | 林建次の日々 | Comments(0)

12/12

昨日は大嶋記胤とニバレルキレの小山さん、山田さん、と会合。
この出会いで何か生まれるといいな。
それにしても、父親となった記胤はさらに多くのことを感じたり、考えたりと、
あらためて思うこと多かった。
彼にしか語れない経験が、多くの人の救いになるだろうと思う。


で、やっぱりファイティングポーズでしょ。笑

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by officemigi | 2013-12-13 09:17 | 林建次の日々 | Comments(0)

当たり前の風景

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 徹底した信念がある。
 常に強者を求めて勝負を挑み、そして勝つこと。そうした激闘を繰り広げ、生き残った者がチャンピオンという唯一無二の聖域に到達できる。ボクサーは孤高に挑んでいく存在のはずだ。リングの外のくだらない駆け引きや言い訳、強い相手から逃げて、勝てる相手を選ぶなど論外だ。ボシンングだけは、厳しくとも純粋で美しい世界であって欲しい。

  2010年2月23日。後楽園ホールの観客は、信じられない光景を前に騒然としていた。初の8回戦だというSバンタム級の無名のボクサーが、4階級も上の実力者、日本Sライト級3位の方波見吉隆(伴流)に勝ったのだ。しかも、6Rにダウンも奪っての勝利だった。常識を逸脱したマッチメークは、その無名のボクサーが望んだのだという。おそらくホールにいたすべての人間が、無様に倒されるであろう彼の姿を想像したに違いない。しかし、荒井遼晴だけは恐怖と向き合いながらも、己の勝利を信じて疑わなかった。

 天涯孤独。幼い頃から社会の底辺をもがきなら漂流を続け、寂しさに震えながら堪えてきた。生まれ育った故郷と呼べるものはなく、常に見知らぬ家庭を転々と預けられてきた。その扱いはまだ小学生にもならない小さな子供には、辛すぎるものだった。

「あんた、いつまでいるもりなのよ」

人間の冷たさと、言いようのない孤独感を肌で感じていた。異国で過ごした時期もあった。言葉も分からず日本人ということで、いじめられもした。荒井はわずか八歳で、ほとんど面識もない母に捨てられるかたちで日本に戻り、父と名乗るヤクザな男が待つ北海道へひとりで向う。そして、連れて行かれた先は富良野の養護施設だった。ようやく人並みの生活が出来るのではないかと安堵したが、凄まじいリンチにあった。それでもこれまでの生活に比べれば、ひとりよりはマシだと思った。しかし、数年を過ごすうちに、この施設もまともな環境ではないと冷静になって感じている自分がいた。

十三歳の頃、先輩からのリンチは度を超えていた。荒井の尖った生意気さもあったのだろう。だが、彼は決して施設の先生に告げ口をすることは無かった。それを言ってしまったら負けだ、助けを求めるものではない。厳しい環境で生きてきた荒井は、自然と己というものを持っていた。だが、この頃から荒井は、世の中の理不尽さや、これまでの運命に噛みつくかのように暴走し、結果、十五歳で少年院に送致され、そこで一年間を過ごす。出所後もシンナー、クスリ、悪事の限りを尽くして再び漂流する。それが不幸とも思わず、生きるということは、そういうものなんだと思っていた。

「はみ出しものだった父親はもう死んでると思います。最後にあった時に直感でそう感じました。母親はどこかで生きていると思う。」

 しかし、荒井の人生が十八歳で大きく展開し始める。その当時に出会った彼女が、荒井を泥沼から救い出す。まず、シンナーを辞めるよう促し、さらに、住むところを失ってしまった荒井を、自分の両親に引き合わせ実家に住まわせた。こんな自分を受け入れてくれることなど、生まれて初めての経験だった。彼は本当の人間の暖かい愛情を知るとになる。そして荒井はボクシングと出会い、これまでに溜まった毒を一気に浄化させ、この競技の怖さを体現しながらも、徹底して己を高めてゆく。

「彼女には、本当に感謝してます。子供もできたけど、ボクシングが優先で、結局、結婚して一年で別れてしまった。申し訳なさも、悔いもある。だけど、独りきりになっても、ボクシングはどうしても辞めめるつもりはない。俺は最低な奴だと思う。」

 離婚してしまったのは、まだ二十歳という未熟さもあったかもしれない。だが、本能的にボクシングを優先してしまったことには理由があるはずだ。荒井は八回戦以降、常に強敵に挑んできた。これは、ボクサーを志した時からの信念だった。無謀といえる相手を選び続けたのはなぜだろう。

 ボクシングという聖域。強いもの同士が逃げずに真っ向勝負すること。

「なぁ、そんなことは、当たり前じゃないか。」

 彼はそう叫んでいるように感じる。
 当たり前のこと。この世に生を受けた時から、荒井の人生には、当たり前の風景などひとつもなかった。彼はこれまで味わってきた数多くの苦渋の体験を、“そうじゃねぇだろ、今に見ていろ”と身を削って世間に示そうとしているのではないのだろうか。だとすれば、彼がリスクを犯して闘う本当の理由が、痛いほど理解できるはずだ。荒井は世の中の理不尽なことや不条理に対して、ボクシングという媒体を使って命がけの闘いに挑んでいるのだ。嘘も、ごまかしも、汚さもすべて飲み込んで、それを遥かに超えた価値あるチャンピオンという聖域に到達したい。それこそが、これまでの運命に対してのリベンジになるのだ。

 そして、そんな身勝手な生き様を見守ってくれる人たちがいるのを、彼は知っている。今度の試合に、別れた妻と息子が応援にくるのだという。おそらく荒井遼晴は、己の闘う姿を示すだけなのだろう。ボクサーで在り続ける限り。
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by officemigi | 2013-12-11 09:33 | BAD LOSER | Comments(0)

かつて

PLAYで BAD LOSERの連載をさせて頂いた山元さんの試合でした。
後楽園ホールも、かなりのご無沙汰でしたが、なんとか駆けつけることが出来ました。
いろんなことを乗り越えて辿り着いた勝利だったんじゃないかな。

試合は山元さんが優勢に進めているような試合だったが、バッティングによって中断。
それまでの三人のジャッジの採点で勝敗が委ねられた。
採点は割れた。一人が対戦相手を指示し、もう一人は山元さんを支持。一対一。
最後のジャッジの採点で勝敗は決まる。
彼らにとっては判決が下るような、重くて、ながく感じられる時間。
山元さん、祈ってた。
ジャッジは山元さんを支持し、久々の勝利。
山元さん、泣いてたな。そういえば、BAD LOSERの取材でも泣いていたっけ。
あの時話していたことを思い出した。
辿り着いて欲しいな、と強く思います。
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by officemigi | 2013-12-10 11:00 | 林建次の日々 | Comments(0)