【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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WORKSアップしました。

http://officemigi.com/

さらに追加していく予定です。

宜しくお願いします。
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by officemigi | 2010-10-31 18:00 | 林建次の日々 | Comments(2)

さらば8月のうた

先日、NHKのBSでMOPのドキュメンタリーやってました。

そもそも家にテレビないんで、見れんかったですが、

テレコムの外山さんがわざわざDVD送って頂き感激しております。

それにしても、すごくいい番組でした。

1時間30分だけれと、まぁそれは泣けてきました。

外山さんは今年のMOPの稽古でお会いしたんですが、

どんな時でもカメラまわしっぱなしで、

ひたすら毎日撮りまくってました。

終始おだやかではありますが、凄く熱い方です。

で、内容はマキノさんたちの凄く若い頃の映像もあり、

当然僕の知らないドラマも永い歴史の中にあって、

そうだったのかぁ、と目頭熱くなります。

そして、京都の最後の舞台へと。


あらためて関わらせて頂いたことに感謝しております。

マキノさんはじめ皆様、本当にありがとうございます。

そして外山さん、ありがとうございます。

本当に素晴らしい。

ひたすらに感激。
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by officemigi | 2010-10-31 12:54 | 林建次の日々 | Comments(0)

質問〜回答

写真を始めた頃。

20才そこそこの僕は正直シャシンなるものが

不可解でまったく解らんかった。

じゃ、今は理解したかといえば、

そうでもないのだが、当時よりはマシだろうと慰める。


バブル後期。

スタジオマンとして、へたすりゃ朝から翌朝まで働き、

カポックを敷き布団かわりにして僅かな仮眠をとってまたスタジオに入ってた。

昼飯なんぞは5分以内で獣のようにかっ喰らい、

タバコ2本を1分ぐらいでバカバカ、プカプカ、と

一気に肺に納めてゲップかまして再びスタジオに戻る。

狭いスタジオマンの待機室は昼飯時に10人もいりゃ、

タバコの煙でまぁ大変、火事ですよ~っといった感じ。

ホリゾントの白ペンキでよごれた穴空きジーンズを履き、

きったねっぇスタジオのロゴの入ったシャツを着て、

ウェストポーチにカッターや白黒パーマセルをしのばせて

スタジオ中をかけずり回っていた。

841トレペで狂ったようにアイランかませた傘トレを

1つ3分ぐらいで作り、白黒のケント紙をいくつも重ね合わせ

ハレ切りのスカートを作ったもんである。

ずっとスタジオの撮影の現場にいたから太陽の光を浴びないかわりに、

ストロボに被爆しまくって目がチカチカてた。

あの頃はバブルの終焉とはいえ贅沢なセットやライティングを組みまくってた。

今、こんなテンションのスタジオなんてないよな。

こないだも出会ったカメラマンさんとそんなこと話した。

慌ただしい現場だったけど、青春と言った感じで楽しかったな。



まぁ、そんなんで仕事はやってスキルは身につけてたけど、

肝心のシャシンはまるで撮ってなかったな。

ダサ。

いいといわれる写真集、

メイプルソープだのマンレイだの穴の空くほど眺めても、

当時の僕にはなにがいいのかよう解らんかった。

そういうの見て衝撃受けてシャシン始めましたって言う人もいたが、

僕にはそういうのはなかった。

(確かに叔父の写真集はそうかもしれない。
けどまだ小さい頃で全体通して感じたことで、
このカットがというのが当時はなかった。)

正直、シャシンやってていいんかいなという状況でしたね。


けど事故後、手術とリハビリを繰り返してる時、

そういう写真に2つ出会った。


僕の場合、誰が撮ったのかなんてどうでもよかったみたいです。


一つは、写真が日本に伝わっててきた幕末。


維新の写真資料で

とぼけた顔で映ってる坂本龍馬や、

やたらハンサムな桂小五郎など他たくさんある中で、

土佐の脱藩浪人で陸援隊の長、中岡慎太郎の肖像写真。
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左手で刀を持ち、鋭い目でレンズを凝視している。


今にも鞘を抜くのではないか、そんな迫力があった。

いや、すげぇな、なんちゅう顔してんだ。

激動の時代を生きる強烈な志を感じる。

そんな中岡も、龍馬とともに刺客に襲われ

暗殺されてしまうのだから凄まじい時代だ。

中岡は致命傷を受けつつも数日間は生きて、

龍馬が死んでいく様を語り、襲ってきた刺客に対し

こんなことを言ったと記録されてる。


卑怯憎むべし、剛胆愛すべし


嗚呼、なんちゅう人だ。




そしてもう一つはアルピニストの長谷川恒男さん。

どこの山かは定かでないが、単独で頂上を制覇した時のセルフポートレート。

これも凄かった。

真っ黒に日焼けして、ヒゲは氷柱のようになってて、

鼻っ柱強く生意気そうで、

厳しい山の頂で神様相手に

どうだ、といわんばかりだ。

とんでもない場所で強烈に己の存在を示してるような写真だった。


長谷川さんは山に挑み、格闘し、制覇し続けてきた。

けれどそうではなく、山と対話し、調和して、融合するんだと悟った時、

まるで山がその意志を受け入れてしまうかのように

雪崩にあって夭折した。

う〜ん、なんちゅう運命なんだろう。



どうやら、僕はこの二つの写真に間違いなく

衝撃とういものを得たらしいようなのです。

あとフランク・松浦なんかも好きです。

それと写真じゃないけどゴッホの作品。

これこそ衝撃。


わからんならわからんで、撮りまくればいいんじゃなかろうか。

結局、それしかなさそうですよ。

感謝、合掌。
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by officemigi | 2010-10-30 13:11 | 林建次の日々 | Comments(2)

ホームページ




長年ほったらかしのHPをリニューアルしました。


結構疲れますが、自分でやるのはいいですね。

とはいってもまだ最低限ですが。

ドキュメンタリー作家っぽく見られがちなので、

こんなんも仕事でやってますみたいなページも作ってます。

撮らせて頂いた方々に許可頂いたらアップします。



あと、生きる〜の本と、そして幕が〜の本の祈りの写真で

神社とか仏像のカットをシャッフルさせたスライドショーなんかも制作中ですが、

はてさて、どうなることやら。


今後のワタクシのテーマの一部になるはずで、

実験的ですが楽しみでもあります。


ということで、

トップのページは奈良にある石上神宮です。


今年の年賀状に使った写真です。


これは昨年12月、榎本選手が復帰して大阪での試合の当日。


深夜に東京を発って奈良に真っ暗闇の4時頃着いて、

僅かに明るくなるのを待って撮ったものです。


寒さでガチガチ震えてましたが、

石上の拝殿が暗闇の中で

少しずつ明るくなるまでの時間の経過は、

歴史ある拝殿の重厚な存在感と共に

凛とした美しさがありました。


それを全身で感じているうちに、

身体の痛みなど吹っ飛んでしまい、

ずっとここに居たいなぁと感じながら撮りました。


そして、この日が試合の榎本選手の勝利と身体の無事をお祈りしました。
(彼については改めて書きます。想いが強すぎてうまく書けんです)


まぁ、そんな感じですが恥ずかしながら、こちらをどうぞ。

http://officemigi.com/

宜しくお願いします。
(マックの方はうまく見れないかもです。早めに対応します)
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by officemigi | 2010-10-29 05:42 | 林建次の日々 | Comments(3)

記胤


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大嶋記胤が負けた。

目の負傷により試合続行不能で敗戦。

レフリーが試合を中断。

ドクターが状態を診て首を横に振った。

片目がつぶれた記胤がドクターに

やらせてくてと懇願する姿が痛々しくて切なかった。



共に過ごしたバンコクでの決死のデビュー戦を想う。

客などいない、閑散とした古びたスタジアムで己の存在のすべてを賭けた。


今はもう、数年前のあの時とは違う。


どんなにきつくて逃げ出したくても、

そして孤独であるにせよ、

もう後戻りできない領域に来てしまったように思う。


だから、またリングに上がるのだろう。


チャンピオンというカタチは、ボクサーであれば皆が見る夢。

けど、記胤は目に見えるカタチや肩書きをだけを求めている訳ではないように思う。

むしろ、そこはさほど重要ではないだろう。

だから、肩書きや、利益、費やした分の報酬を求める人にとって、

彼の生き様を理解するのは難しいような気がする。


彼は試合前、張りつめた控え室でついにグローブをつけると、

ある感情が押し寄せて、震えながら涙を流す。

そんなボクサーはいない。

怖いからではない。

毎回僕は、ファインダー越しにその涙を見て胸が詰まり、

そして思うことがある。


彼は捨て身で殴り合うことで、

やっと人から愛される実感を得られるからかもしれない。


その涙というのは、

彼の凄まじい凍り付いた生い立ちや、

どうにもならなかった深い悲しみが、

ゆっくりと溶け出している証のように思う。


だから、涙として、その凍った塊のすべて溶かしきってしまった時、

やっとボクシングを終えることが出来るのかもしれない。


けど、そこに辿り着くまでにあとどれだけ殴り合わなければならないのだろう。


記胤の闘い方は、あまりに無謀だ。


傷つくことを恐れなさすぎる。


僕は彼が求めているものの深さを思い知らされ、

阿呆のように撮ることしか出来ず、

ただ間抜けに立ち尽くすのみなのだ。

 
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by officemigi | 2010-10-28 06:24 | 林建次の日々 | Comments(0)

ゴッホ展

僕はたまに夜遅くまで呑んでタクシーで帰るはめになると、
運転手さんとやや強引に雑談を楽しむ。
出身はどだの、家族の話とか、
お正月のすごし方とか、しょうもないこと聞きまくる。

運ちゃんは世の中の景気に敏感だ。
いやはや景気は最悪だのと話すうちに、
現実逃避のようにバブル時代のおとぎ話になる。
いや~こんなに給料もらってもいいんかいなぁ~とか
家も買えたし、豪華なヨットも買っただのと、
目を細めておっしゃります。

僕がまだ右も左もわからないロケアシだった頃、
バブルの恩恵を受けていたカメラマンさんと話してたりすると、
たったワンカット百万円っていうよだれの出るような話も聞いた。

伊豆とかで撮影すればいいものを、わざわざ海外でロケしたりとか。
金なんざいくらでもだせますっていうような。

当時のカメラマンさんが確かこんなことを言っいた。

「こんなおかしなことがいつまでも続くはずがない。
いつか、まずいことになると思う。
みんな、そう思ってても、誰も辞めようとはしない。
稼ぐだけ稼げって。」

そんな調子だから、あの時代、皆が浮き足立ってたっていう。

とある企業の会長さんだか社長さんだかは、
ゴッホの作品を百数十億円という信じられない金額で落札。
それはルールで買ったんだからいいんだろうけど、
自分が死んだら一緒に埋葬してくれとか、
わけのわからんこといってしまい
世界中から大ひんしゅくを買った。

その人は真にゴッホを理解し、
その作品を心から愛したかは大いに疑問だ。

単にマネーゲームだったのかといわれても仕方ない。

とはいえ当時の若くて無知な僕はといえば、
ゴッホが有名な画家だとは知っていたけれど、
何がすごく、素晴らしいのかなどサッパリわからなかった。

写真なんぞはじめたにしても、
絵画など芸術というものには正直理解に苦しんだ。

知っていたことは、彼は生前、たった1枚の作品しか売れなかったこと。
そして、精神を犯され貧困を極めながらも、描くことを止めず、
おそらくは発作的に自殺してこの世を去ったことぐらいだった。

そんな時、テレビのニュースにちょっとした衝撃を受けた。

今は新宿西口から都庁へ向かうきれいな歩道があるけれど、
かつてそこはホームレスの段ボールハウスが密集していた。

段ボール村と言っていたのだろうか。

人生の転落を続けて、辿り着いた彼らの雨露しのげる唯一の場所が、
西口クリーン作戦という、お上の大義名分で強制撤去されるという。
それで、そこに住む方々の短いテレビ取材番組があった。

その中の一人、初老の男性が、彼の狭い畳1畳ぐらいの段ボールの部屋で
インタビューされていた。

わりとこぎれいな服装だったと思うが、
顔は垢まみれなのか、日焼けしたように黒く、
やはり、全身からその厳しい生活を漂わせていた。

けれどなぜか終始やさしい笑顔で、
目がやたら奇麗で澄んでいたのが印象的だった。

そんな彼がみすぼらしい部屋の角から大事そうに抱えて見せてくれたのが、
豪華なゴッホの画集だったのだ。

とても大事に扱っているようで、
何冊かあったように記憶している。

「これがね、宝物なんです」

シンプルにこんなことを言ってたと思う。

そしてゴッホの画集をじっとみつめている。
なんとも言えない深い表情だった。

それは、悲しみとか我が身の不幸を感じさせるものではなかったように思う。

多分、立派な画集だったから、
売ってしまえばなにかしらの苦しい生活の足しにはなるはずだ。

けれど、それは断じてしないと言っていた。

僕はその初老の男性に、凛とした美しさのようなものを感じてしまった。

彼にとってその大事な画集は、
あるいはゴッホそのものが彼の命の一部のように思えた。

多分、あの落札した方よりも、
彼のほうが遥かにゴッホを理解し、深く愛しているような気がした。

この厳しい状況においても、
いや、だからこそなのかもしれないが、
ここまで人の心の深いところに存在するゴッホとは一体なんなのだろう。

当時の僕は、ぼんやりとそんなことを思った。


そして〜ではあるが
先日、新国立美術館へ行った。

ゴッホ展。


一瞬で圧倒され、
呑み込まれた。

絵画でこんな衝撃は初めてといっていいだろう。

これだけのものなら、逆に嫌いって人もいるかもしれない。

僕の感じ方だという前提だけど、
精神を、命を削って描くとはこのことかと思った。

色彩など美しいものもある。
けど、奇麗、美しい、絵画のそういうのもをはるかに
超越してしまったエネルギーの塊のようだった。

正直、ビリビリするくらいの寒気を感じた。

ギャンバスにその魂を真正面からなするつけている感じ。

初期の作品と晩年の作品では、
作風はまるでちがうし、精神を病んでいたにしろ、
根底にあるゴッホの核みたいなものは、
はまったく同じでブレがないと思った。

社会とうまく折り合いをつけて器用に、
あるいは、少しのずるさも身につけて生きることの出来なかったゴッホは、
描くことでやっと呼吸が出来たのではないかと思ってしまう。

とくに晩年は絶望的状況でありながらも、
描く対象に真摯に向き合い、徹底的に凝視して、
それを自身の内なるものと激しくぶつけ合い、
一気に昇華させているように感じる。

圧倒される狂気だ。

描き、生き、
命を使い尽くす。

そうなのか、と唸った。


気がつくと3時間はゆうに過ぎていた。

ゴッホの生涯を想う。

魂の限りを使い尽くして描いたその作品は、
生きている間は、まったく評価されなかった。

ゴミのように扱われたこともあったという。

孤独であったろうし、
惨めで悲惨であっただろう。

けれど、彼は本当に不幸だったのだろうか。

おそらく、そうではないだろう。

彼はこの世に永遠を残した。

一般的な幸せとはほど遠い、
徹底した孤高の世界を生き抜いた。

亡くなって、120年たった今、
ゴッホの作品は世界中の人々を魅了し続けている。

崖っぷちで生きていた、あの新宿の初老の男性もそうだった。


おそらくこれからも、ずっとそうなのだろう。


人生の目的がひとつ増えた。

必ず、オランダへ行こう。
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by officemigi | 2010-10-16 17:19 | 感動 | Comments(0)

ドリー&タニー

先日、ジャズのドリー&タニーの来日公演?笑

に行きました。


いや〜、楽しかった!

ちょっとお笑いの入ったエンターテイメントです!

ドリーさん(女優 キムラ緑子さん)

とってもキュートで素敵でした!

やっぱり、すんごい華のある方でいらっしゃいます〜。


そんな方の舞台(MOP)を撮らせて頂いたのは幸せです、私。

来年も来日公演あるのかなぁ 笑
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by officemigi | 2010-10-08 13:10 | 林建次の日々 | Comments(0)

つきみ展〜ベイビーリズム

先日、駒沢大学にある耕雲館とういモダンな博物館の中で

せきさんの絵を観に行った。

彼女の会うのは久しぶりで、おそらく数年前の彼女の

個展以来ではないだろうか?

せきさん自身かなり個性的だが、

彼女の作品はパワフルでその絵には独自の世界観を持った詩もついたりする。

今回は大きな変化をとげ、

今までの作風とはまったくことなる表現になっている。
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はぁ〜などと関心して、ていろいろ話し込んでしまった。

今回の作品とは異なるが、今までの集大成的な詩画集が

発売された。


ベイビーリズム  春風社 1260円

せきあき子

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ここでお見せ出来ないのは残念ですが

これは凄くいい詩画集です。


なにがどうって言葉じゃうまくいえんですが、


ワタクシ、独特な世界に、ひさびさに心動かされました。


興味ある方は是非〜といいつつ

どうやってリンクしたらいいんかやり方わからんので(最低だな〜)


せきあき子

もしくは

春風社で検索して下され.......すいません......


けど、いいでっせ!!
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by officemigi | 2010-10-07 14:41 | 林建次の日々 | Comments(0)