【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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ジョン

メレンキャンプ


この人、さすがに歳とったなぁって思うけど。


まぁ俺が中学生の時から聴いてるんで。

はじめて聴いた曲はsmall townていう

生まれ育った町のことを歌ってるんだけど、

いまだに聴きます。


インディアナのブルーミントンっていう田舎町に住み続けてさ。


田舎臭くて、ちょっとダサクもあるかもだけど、

一貫して言ってることは変わらない。


まぁ、日本でいえば、北島三郎って感じかもしれない。笑


2001年にニューヨークの同時多発テロがあって、

アメリカの世論は報復だという憎しみの負の連鎖の中、

彼は報復のための戦争は間違っているという

ジョージ・ブッシュに対して痛烈に批判した

To Washington

ていう歌を作った。


その当時、当然アメリカ中から総スカンを喰らい、

彼の長年のファンも背中をむけてしまった。


けど、そんなことは彼は承知の上だったと思う。


当時、町を歩いている彼の奥さんに対しても

ひどい罵声が浴びせられたり、物が投げつけられたりと大変だったらしい。

それに対しても彼は声を大にしていう。

「意見があるのはかまわない。

けどそれは間違っている。俺の知っているアメリカじゃない。」



数年後、結果どうだったのかって言うと、

長引く戦争に多くの若者の命が犠牲になり、

アメリカ国内は反戦の声が高まって

彼の言ってることはあらためて評価された。


メディアって都合がいいかもなぁ。


何が正しいかはわからんけど、

彼は失うものがあったとしても、

何を言われようが自身の信念を貫いた。


そんなおっさん、大好きです。

近頃も田舎臭く歌ってます。


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by officemigi | 2010-05-31 05:52 | 林建次の日々 | Comments(0)

コウジ有沢








1992年のいつだったか。


僕がまだ駆け出しのスタジオマンだった頃。

スポーツ新聞の見出しが目に止まった。

「双子の兄弟ボクサーKO競演」

たしかこんな感じだったと思う。



その兄弟の写真はボクサーにしてはあまりに優しそうな顔をしていた。

世界チャンピオンになるにはとてつもなく果てしない道のり。

あんな優しそうな顔をして厳しいボクシングの世界で生き残って行くことは

出来るのだろうか。

頂点を目指してスタートラインに立ったばかりの兄弟にどうか頑張ってほしい、

そう思っていた。



それから6年。1998年3月。

僕が事故から社会復帰を果たし、

まだ駆け出しの4回戦のボクサーたちを撮り始めてちょうど1年が過ぎた頃。

その日は休日で、ひとりぼんやりテレビを観ていると、

めずらしく昼間からボクシングの中継が始まった。


それは日本タイトルマッチではあったが、

この試合に勝った者が世界チャンピオンに挑戦出来るというビッグマッチだった。

日本チャンピオンは12連続KO記録を更新中。

挑戦者は世界ランク3位の元東洋チャンピオン。

しかも無敗同士の対決。

これは面白そうだ。


日本チャンピオン コウジ有沢 対 挑戦者 畑山隆則


え?コウジ、、有沢。

どこかで聞いたような。

テレビは試合数日前の選手のインタビューの録画を流し始めていた。

チャンピオンの顔がアップで映る。

瞬間わずかな記憶が一気に蘇った。

あのスポーツ新聞で見た双子のボクサーの弟。

優しそうな雰囲気は十分残しているけど、引き締まった闘う男の顔に成長していた。

凄い、日本チャンピオンになっていたんだ。

しかもこの試合に勝てば世界タイトルに挑戦できる。

まだ4回戦だった彼がこんな凄い舞台に来ているなんて。

どちらを応援すかはもう決まった。


この勝負は畑山が圧倒的に有利とされていた。

引き分けだったけれど世界タイトルも経験し、ボクサーとして完成されている。


強い。


「コウジ有沢を倒して世界を撮る」

そう豪語していた。


一方、コウジ有沢は不器用なボクサーだが常に劇的だ。

毎回ドラマのようで、

その優しい顔からは想像できないファイトスタイル。


一歩も下がらずに激しく打ち合い、

絶体絶命の劣勢から必ず逆転KOで勝つ。


彼はこのインタビューでこう答えた。



「今までで一番苦しい試合になると思う。

  倒されることがあるかもしれない。

  でも、あきらめません。

  僕が勝ちます。

  なにが起こっても絶対にあきらめません。」



試合は世界挑戦者決定戦の名に恥じない凄まじいものたった。


コウジのあの優しい顔が突き刺すような鋭い目つきに変貌している。


ラウンドが進む。


やはり畑山が有利に展開しているようだ。


それでも一発で全てを変えることができるのがコウジだった。

彼なら逆転できる、

してほしい、

そう願った。


9ラウンド、畑山のボディブローでコウジが崩れるように倒れた。


膝をつき、畑山を見上げている。


しかしコウジはかかって来いというジェスチャーを見せながら立ち上がった。


畑山はここで勝負に出る。

コウジは畑山の凄まじい連打を受けて一気にロープにまで追い詰められた。


危ない、効いている。


だが、この絶望的な状況でも彼は踏みとどまり必死になって戦っている。


この時、彼の言葉が脳裏をよぎった。


「絶対にあきらめない」


しかし、ついにレフリーが割って入った。


畑山のTKO勝ち。


強かった。


さすが畑山だと思った。


けど、僕はコウジ有沢のなにもかも全てを捧げてしまうような情熱的な闘い方に

「生きる」

ということを見せつけられたような気がした。




2004年。


この頃に僕は大嶋宏成を通じて、コウジさんと出会った。

撮らして欲しいという想いはあったけど

なかなか言い出せないでいた。


ただ撮るだけではなく、しっかりと関わることが出来るだろうか。

僕にとってそれは重要だった。

僕はすでに多くのボクサーたちと関わっていた。

一人一人増えて行くごとに関わる密度が薄くなっていくのが怖かった。

僕の身体の状態も含めてこの時点でかなり限界に近かった。


でも後悔したくない。

悩んだけど、ついにコウジさんを撮らせ頂くことをお願いした。


コウジさんはあの畑山戦以降、再び日本チャンピオンに返り咲き

通算で11度の防衛を果たしていた。

世界挑戦を待ちながら防衛を続けていたが、ついに敗れてしまう。

しかしコウジさんはあきらめずに再びチャンピオンを目指して戦っていた。


ジムでの練習ではもの凄く丁寧に身体を管理していた。

その激しいファイトスタイルの代償に身体が悲鳴を上げているようにも見えた。

練習の合間に自分の心と身体に何度も問いかけているようだった。


「大丈夫。まだいける。」


僕はその姿に僅かな哀愁を感じてしまった。


ある日、僕はコウジさんの家族写真を撮らせてもらおうと家におじゃました。

素敵な奥様と可愛らしい二人の小さな子供がいた。


やんちゃな男の子と女の子。


名前が素敵だった。

一夢と書いてヒトムくん。

その夢で一番になれとの想いをこめて。

千夢でチユメちゃん。

千には美しいの意味があったので。


「もし一夢くんが将来ボクサーになるって言ったらどうする?」


こういう問いは今まで何人かのボクサーにも聞いていた。

その厳しさからか、決まって全員がやらせたくないと言っていた。

けど、コウジさんは迷うことなく言った。

「自分が誇りに思ってる仕事をもしこの子がやりたいと言うなら、

こんなに嬉しいことはない。」


凄いな、やっぱり。


そして色々話して行くうちにコウジさんは

奇麗にたたまれているガウンやトランクスを出してくれた。


一夢くんと千夢ちゃんはパパの大事な衣装をまじまじと見つめている。


「なに?着たいの?」

「うん!」


二人で飛び上がってはしゃいでる。


パパが命がけで闘っていることを彼らなりに解っていたので

触ってはいけないものだと思っていたらしい。

なんとも楽しいひとときとなった。


その後もコウジさんらしい話が続く。

「減量すると食べ物のありがたみが本当に分かるんです。」

「世界中の人たちはボクシングするべきだと思います。

殴られる痛みを知ったら争いごとなんて無くなると思うから。」

「試合前は本当に怖いです。だって殴られるんですよ。痛いじゃないですか。

だけど覚悟を決めるんです。全開で。もう、死んでもかまわないって。」


この言葉は本当だった。


コウジさんは控え室からリングに上がる時、究極のところまで自身を高めて行く。


その時、彼は全身を震わせ、

溢れる感情をむき出しにして泣きながらリングへ向かうのだ。


僕はこんな凄まじい覚悟を持ってゆく人を今までに見たことがなかった。


みてくれや、カッコなんてどうでもいい。


隠さず、弱さも含めて全てをさらけ出す。

生きるという本能。

その力の全てをボクシングに捧げる。

こんなに真直ぐに生きれる人はそうはいない。

コウジさんが多くの人から愛され、尊敬されるだけでなく、

日本のボクシング史に名を残す選手になっていた理由が分かった気がした。


そんなコウジさんも引退をしなければならなかった。


「僕はまだ闘いたいのに。

もう一度チャンピオンに返り咲くことをあきらめたくない。」


しかし、もう周りが許してくれなかった。

みんなコウジさんの身体を心配していた。


2005年12月13日。

コウジさんの引退試合。

相手を倒したその瞬間に顔をくしゃくしゃにして泣き出した。

僕は寂しさとある種の安堵感を一緒に感じていた。


コウジさん、ありがとう。


拍手と歓声が後楽園ホールにいつまでも響き渡たった。



この引退試合でも、いつものようにリングサイドの一番前に、

奥さんと一夢くん、千夢ちゃんが大きな声で応援していた。

試合を撮っている僕の真後ろなのでよく聞こえた。


ただ一夢くんだけは「がんばって」ともうひとつ。

彼は

「パパ負けないで」

とも言っていた。


毎回試合が終わる度に一夢くんは、

パパのその勇姿をまばたきせずにじっと見守っていた。


その目に一杯の涙をためながら。


一夢くんはいつか大人になった時、どんな夢を見るのだろう。




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by officemigi | 2010-05-19 05:31 | 林建次の日々 | Comments(0)