【オフィスミギ】晴れ男なものですから

カテゴリ:林建次の日々( 588 )


「晴れ男なものですから」

もうながいこと使っていたブログのタイトルを変えることにする。


「生きるために人は夢を見る」っていうのは2009年に出版した本のタイトルで、

出版前からブログはこのタイトルだった。

ありがたいことに当時一緒に仕事をしていた伊藤さんがつけてくれた。

もちろん本の宣伝を意識してのことでもあり、

当時のワタクシはブログのことなどチンプンカンプンで任せきりだった。


いろんな想いを乗せてつくった本で、

無謀に突っ走っていたいわゆる青春時代といっていい頃である。


つくった作品は愛着あるもので当然大切なんだけど、

ブログのタイトルがいまだにこれなのは、

じつはちょっとこそばゆいというかどこか恥ずかしいとずっと思っていた。

ワタクシもいろんな意味で変化している。


で、そうか、変えればいいのかとそんな簡単なことにようやく気がついた次第である。


「晴れ男なものですから」


そう言わせていただくときがある。

実はわりと晴れ男である。

撮影で明日は雨と予報があっても、

翌日は晴れている、ということが多い。

雨が降っていても撮影のときだけ上がるということも。

だから、仕事で天気の心配はあまりしない。


晴れはいい。

雨よりも曇りよりも晴れがいい。

太陽はあったかい。

ふとんが干せる。最高だ。

晴れたら原っぱで寝転がって本読んで昼寝がしたい。

だから明日も晴れて欲しいものだ。



ただそれだけのことであり、別段深い意味は持たせていない。

ということで

「晴れ男なものですから」

でいくことにします。


まぁオッサンぽくてかっこいいんじゃないかね。

実はこれからの10年がすごく楽しみでもあり。


どうぞよろしく。


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by officemigi | 2017-03-30 14:21 | 林建次の日々 | Comments(0)

エアサイクルハウジング 施主巡礼

エアサイクルハウジング 施主巡礼
本来は紙媒体なのですが、こちらでも掲載させていただきます。


障がいを持って生きる家族が求めた「家」の在り方。

そこに丁寧に寄り添っていくことって素敵だと思います。


こうやって聞いてみて感じてみて初めてわかることがある。

障がいというのも本当に多岐わたっていて目に見えないものもたくさんある。

社会に参加していくためにしなければならないこと。

バリアフリーっていうのはカタチばかりではなく、

目に見えないものに対して社会が理解を深めることだとつくづく思う。


 山中さんたちご家族の笑顔が忘れられないくらい素敵だった。

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 山中慎介さんと弥淑さんは聴覚障がいを持って社会と向き合って生きている。

外見からは障がいは分からない。

街ですれ違った人たちは二人に聴力障がいがあることに気付くことはないだろう。

けれど家から一歩外に出れば、多くのことに神経を使わなければならい。


 背後からくる自転車、車のクラクション、突発的な人とのコミュニケーション。

慎介さんと弥淑さんが社会で生きていくことは、困難に立ち向かう連続であるはずだ。

聴こえないというもどかしさ、それに伴う恐怖は、

生きていく上でどれほどの苦しみをもたらすのであろう。


 けれど、二人はそれを微塵も感じさせない笑顔を人に与えてくれる。

言葉ではない豊かな感情を伝えてくれる。

それだけで慎介さんと弥淑さんが、どう生きてきたかを感じることが出来る。


 音のない世界で生きてきた二人が出会い、家族となった。

痛みを分かち合い、共に生きる「家」は、どこよりも安心できる愛につつまれた暖かな空間にしたい。

それを実現するためにエアサイクルハウジングの内藤は夫妻に寄り添い、奔走した。  


 妻の弥淑さんが書籍「やっと出会えた本物の家」で、自然素材を丁寧に扱い、

施主に寄り添うエアサイクルハウジングの家づくりに感銘を受けたのがきっかけだった。


 そして導かれるように出会った物件は、

あるご夫妻が年を重ねた母親のためにつくったバリアフリーの二階建てだった。

山中さんは愛情に満ち溢れている家を買い、リフォームをエアサイクルハウジングに依頼する。

床は自然の暖かさを感じさせる無垢ヒノキ。壁には漆喰。

キッチンはリビングを見渡せるように壁取り払った。

二階も間仕切りを取り払い、どこにいても家族の気配を感じることのできる空間に仕上げた。


 「今あなたはどこにいるの?」
 

  慎介さんと弥淑さんは、私たちには分からない音のない世界を生きている。

これまで住 んでいたマンションは、

中廊下と個室の空間でお互いがどこにいるのかわからないという不安がつきまとっていた。

でも、もう闇の中にいるような恐怖を感じることはない。


「家族が一番です。何も気にすることなく過ごせる家。そうです、私たちはこの家に守られているんですよ」


  三歳になったやんちゃな圭真くんは、

宅急便が来たことやトーストが焼き上がったことを知らせてくれるようになった。


それは慎介さん弥淑さんにとって新たな驚きでもあった。

二人に与えられた大切な宝物の圭真くんは、この家で日を追うごとに優しさを携えて成長していく。


 休日の夕方、弥淑さんは夕食の支度を始める。

キッチンとつながるリビングには、慎介さんと圭真くんが戯れている姿が見える。

愛する家族がそばにいることを感じながら料理を創る。


「あの二人ったら楽しそうに何を話しているのかしら」


 この家が与えてくれたかけがえのない幸せは、どこにでもある家族の風景の中にある。








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by officemigi | 2017-03-28 00:26 | 林建次の日々 | Comments(0)

「武士道×八重樫東」

昨年関われせていただいた岩手日報140周年記念号

「武士道×八重樫東」が岩手広告賞を受賞とのこと。

 結果がどうなるかわからないというドキュメンタリーとしての要素を

存分に楽しみながら取り組めました。


岩手日報の柏山弦さん、アートデレクション、デザイナーの横尾美杉さんが

素晴らしい紙面にしてくださいました。

多くの人に伝わり結果が出るのはやっり嬉しいですね。


 八重樫さんの恐れることなく打ち込んでいく無骨な闘い方は、武士道そのもの。

「何か」を与えられる数少ないボクサーだと思います。


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by officemigi | 2017-03-28 00:05 | 林建次の日々 | Comments(0)

3/5

 今日は身体の治療の日。

もう10年は自分の身体を診てださっている方。

身体と同時にカメラマンとしての自分、人間のしての自分の変化もよく知っている。

見守っていて下さる。本当にありがたい限りです。


とにかく二月までは慌ただしかったけれどそれはそれでね、

永らく抱えていたことから、ここ数年かなぁ、目に見えないものから、ようやく解放された。

あくまで、自分自身のことなんだけどね。


だから、仕事だけじゃなくて、本当に素晴らしい、素敵だなと想えることに、

素直に感情を動かせることが出来た。


これは凄く大きなことで、

それを感じられた自分がいるとういうことが本当に嬉しい。

もうそれだけで十分贅沢なことだと思っている。


世間の決まったカタチを求めることよりも、

自分なりに感じて、そして出来ることがあればそれで十分なんだ。


自分の気持ちに誠実でいることが、生きて行く上で何より大切で、

そういう中で自然とやるべきことが出来るのなら何よりです。




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by officemigi | 2017-03-06 02:09 | 林建次の日々 | Comments(0)

神野寺

 今となっては当たり前のようになっているお寺でのアーティストのライブイベント。

 2002年の頃はまだそんな時代じゃなかったけれど、それを先駆けて取り組んでいたのが池上本門寺で、当時は満月の十三祭りといって満月の日に本門寺でコンサートするっていう画期的な取り組みだった。


 お堂をライトアップした幻想的な雰囲気の中で、梅若六郎さん、朝崎郁恵さん、UAさん、喜多郎さん、矢吹志帆さん、矢中鷹光さん、ジョン・チャヌさんといったそうそうたるアーティストたちよる満月の夜のライブ。それを取り仕切っていたのが、安永さんだった。
 
 こんな僕なんかも撮影に関わらせていただき、翌年には本門寺朗峰会館で写真展も開催させて頂けたのは、ボクサーを撮っていただけの自分を安永さんが認めて下さったからこそ。


 安永さんは僧侶でもあるんだけれど、当時は本門寺の朗報会館支配人でもありエリートといっていい役職だった。

 けど、そんな安永さんは廃墟と化した小さなお寺を復興するために、すべての役職を捨て去るんだ。しかも、そのお寺の住職は孤独な亡くなり方をしたという。誰も手をつけることなんてこれまでもなかった。地域の人は荒れ果てた廃墟のお寺でいい印象なんてなかったはずだ。


 僕は安永さんが三ヶ月間、荒果てたお寺を独り黙々と修繕工事をしていたのを知っている。生活の保証もない。そこに儲かる話なんて一切ない。ただ、埃まみれになったご本尊を救い上げるような行為。


「少なくともバチが当たるようなことはないよね」


 今もそう笑って言うけれど、たくさんのリスクを背負ってた。


 本来のお寺の役割とは。

 例えば、心に闇を抱えた人がふらり立ち寄って元気になれる場所。

小さくとも人が集う暖かな場所。


 本門寺での大規模なイベントは、お寺の敷居の高さを取り払い、もっと気軽に立ち寄って欲しいとう想いがあった。心に闇を抱えた人がふらり立ち寄って元気になれる場所こそが、本来のお寺の役割であることも。


 ライブ前にそう言って伝えることあっても、実際、地域のお寺にそれが本当にできるのであろうか。
 いや、そうであるべきた。
 そして、ただ、それを実行するだけ。


 本当に凄いなと思う。

 時は流れて、今、横浜で別院の神野寺をエアサイクルハウジングによって建立し活動されている。

 安永さんの活動は多岐に渡っていて、ここでは詳しく書けないけれど、時期が来た時にしっかり取り組みたいと思っています。



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by officemigi | 2017-02-19 03:02 | 林建次の日々 | Comments(0)

さて。


昨日、校了しました。

望月龍平さんの手がける舞台「君よ生きて」の80pのブックレット。


限られた時間で持てるものは出し切れたかな、と思います。


その分、最後まで緊張状だったので、校了してもある意味興奮状態が続き眠ることが出来す、

食べても、気持ち悪くなる感じでしたが、徐々に戻ってきたようです。


原稿抱えたまま小笠原諸島へ行くんだけど、

行きのフェリーで最後の原稿の8割は書き上げた。


で、締めは初日の撮影を終えて、夜書こうと思っていたんだけれど、

疲れ果てて一度寝てからにしようっていう甘えが出る。


それでベッドに潜り込むんだけど、

どういうわけだかある一定のリズムでへんな音が聞こえてくる。

最初は隣の部屋からのイビキなのかと思っていたんだけど、

どうも違う。

少し苦しそうに、けど静かに息を吐いているような感じだった。

で、部屋のタペストリーとか突然ガタガタ震えるし、

「おいおい、勘弁してくれ、俺疲れてんだから」

なんとしても寝てやるって思っていても、

まったく止まる気配がない。


ん~。書くしかねぇのか、とパソコン開けて書き始める。


内容は、戦争を体験した方の想いを表現するもので、女優さんの祖父にあたる方の話だった。

取材した場所も靖国神社の神池庭園。

その時の話を綴った。


相変わらず聞こえてくるけど、まぁいいかと。

書き終えたのは午前3時過ぎだったけれど、

その時はもう例の声なんだか音なんだかは止んでいて、

書き終えた解放感もあり熟睡。


で、翌日の撮影で、

父島で3代続くコーヒー農園の方の取材と撮影。

コーヒーってこんなに愛情かけて育てていくんだって話は感動的で

凄いなーと思っていたんだけど、農園の方がここは戦時中の防空壕だったんだという説明も受けた。

その迷路のような防空壕の入り口までいったんだ。アメリカ軍との激しい戦闘があったとう硫黄島への物資の補給路でもあって、

激戦で亡くなった栗林中将もここにいたんだと。

色々話していくうちに、硫黄島は小笠原諸島の島民なら慰霊に行くことができて、

過去に行ったことがあったという話を聞いた。

真夏の時期だったそうで、日本軍が築いた迷路のような地下壕は灼熱と化していて、

飢えと渇きでよくこんな状態で戦ったと思ったという。

日本軍は壊滅で2万人の方が亡くなったという。


 あぁ、そうかと納得した。昨日聴いたあの音は暑さに耐えながら息を潜めていた呼吸のようにも聞こえた。

モタモタしていないではやく書いてくれよ。みたいな感で。  

まだまだ御霊が残っていらっしゃるように感じた小笠原の旅でした。

これから、やるべきことがあるんだと深く感じる。


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by officemigi | 2017-02-12 02:01 | 林建次の日々 | Comments(0)

明日から

撮影で、小笠原諸島へ。
フェリーで片道24時間。

で、現在、舞台「君よ生きて」のブックレット製作の佳境なんだけど
別件の仕事。
「君よ生きて」の原稿抱えて行くんだけど、まぁ、生きた心地がしないくらい
恐ろしいスケジュールだなぁ。

まぁ、これからやろうとしていることを考えると、
神様に試されてるんだって思うしね。

「君よ生きて」はシベリア抑留の話でもあるんだけど、
小笠原諸島って、日米の凄まじい激戦地だった硫黄島もあってね、
なんか意味あんなぁって思う。
たしか、クリント・イーストウッドが日本側と米国側の
二つの観点から描いた映画作品があって、
渡辺謙さんが出でいたっけね。

美しい島であることには間違いないんだけれど
そういうものもしっかり感じてみたいと思う。

そういう場所で原稿仕上げれられば意味あるよな。

で、最後の原稿は伊東えりさん。
本当に素敵な方です。
歌声なんてもう、きいただけで涙出そうになるし、
舞台に立った時の美しさ、憂さっていったらね。
ユーモアたっぷりですごく可愛らしい方。
美しさっていうのは、ある一定のステージのことではなくて
生き方なんだって思うね。

海外でも活躍されているのがよくわかります。

靖国神社でお話し伺って、
感じるものがたくさんありました。

撮らせていただいた写真も
神がかっていて本当に素敵でした。

さて、ラストスパートやね。
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by officemigi | 2017-02-06 02:21 | 林建次の日々 | Comments(0)

よき連絡ありて

たった今、浜松より連絡あり。
人を撮ることの師であり、
人生の師であり、友人。

この4年、まったく連絡はなかった。
とういうより、
敢えてしてこないということを理解していた。
決めていることがあるからだろうと思っていたものの、
ふとした時にワザと電話をかけることもあった。
案の定出ないが。
出なくてもいい、
元気すか?やってますぜ!的な意味でもかけていた。
時には、まだっすかね?的な意味でね。
出ないってことは、彼の中で、まだだってことは理解していた。

かつて自分はその逆のことをやっていた。
お互い写真の仕事の質を変えて自分は東京と友人は浜松と、
それぞれ結果を出そうしていたのかな。
オレはボクサーたちと並走しながら自己の表現を追求し始めていた。
で、ある時から、生きるために〜の本の出版するまでは連絡しないし、
電話も出ないと決めていた。かなり意地になって。
なんでかって言ったら、なんとしても出版したかったから。

で、2009年に出版した。ボロボロにはなりましたが。
怒っているだろうなと思いつつ結果出して数年ぶりに連絡。
「お前は本当にバカだな」
と笑いながらと言ってくれた。

いってみれば俺は甘えていたらしい。
認めてもらいたいっていうかね、
兄貴、どうだい、やったぜ、的な。
まぁ、今思えばちょっと恥ずかしいよな。
けどそういう馬鹿さ加減も受け止めてくれた。

話していて相変わらず、
すざまじい男だなと思った。
いろんなことがあったのは知っている。
その中で圧倒的な結果を出したんだから、本当に凄い。

この数年は全国飛び回っていて、
今年の後半から東京を軸にするらしい。
一緒にできることをあるだろうな。
というか、恥じない自分でいたい。

こういう関係はここだけだね。



























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by officemigi | 2017-01-13 22:37 | 林建次の日々 | Comments(0)

1月11日

今取り組んでいる現場は、
シベリア抑留のお話。

故郷、命、家族、愛する人、
遠く離れた地からそれぞれが想いを馳せる。
ただ、帰りたい、逢いたい、という想いだけ。
いつか、という僅かな希望を持って過酷な日々を過ごす。
けど、叶わないかもしれない。

実際、極限の寒さの中での強制労働で
多くの方々が亡くなった。
無念だったと思う。

そんな稽古現場の写真撮っている時、
どこからか洪水のような感情が溢れてきて
涙が堪えきれなくなってしまった。

最初、何がどうシンクロしたのか分からなく、
正直、そういう自分に驚きもした。

これまでにもそんなシーンはなくはない。
大嶋宏成の最期の試合はそうだった。
けど、それとはまったく違う種類のものだった。

そそさくと現場を離れ、落ち着いて考えてみた。
これは、いろんなことを堪えていた感情だったように思った。

2012年の5月、父はいなくなった。
看取ってあげられなかったという悔いがあった。
いろんなことがあって家族は崩壊していた状態だったが、
家族4人で集まって食事でもしようという約束が、
ようやく出来た頃だった。
独りでいる父が少しでも喜んでくれたらと思っていた。

戦後の混乱の中でまだ小学生の父は
原爆で亡くなった父親代わりで、
新聞配達をして家族を支えて生きてきた。

遺品整理をしに父が暮らしていた小倉へ行った。
父はベッドで倒れていたのだが、
隣にある机には二つ家族写真が飾ってあった。

意地っ張りで、威厳を保つ父だったから、
寂しいような素振りは一切見せなかったが、
ずっと逢いたいと思っていたことだろう。

小学生の頃と中学生の頃の写真。
これを眺めながら独りで逝ってしまたのだろうか。
今でも父への申し訳なさと、自分への情けなさが募る。

いろんなことがあって家族がバラバラになったのは
本意ではなかったけど、どうしても仕方ないことだった。

きっと冷たい息子に思えたのかもしれないけれど、
本当は誰よりも尊敬していたということを伝えたかった。


父の部屋にあった写真は今、自分の机の上にある。
オルゴールのついた小さな額は父が選んで買ったのだろうか。
父は両腕に小学生の兄と自分を抱えて写っている。
三人が見つめる先はカメラを構えている母。

またいつかあの場所で写真が撮れる日がくるのなら。












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by officemigi | 2017-01-11 23:37 | 林建次の日々 | Comments(0)

眠い

1月はタイトなスケジュールで年末なら休日という日はなく
そのまま2月半ばまで続く。
さっきまで実と電話で打ち合わせして、イメージを共有。

やっかいなのが、1月の寒さで集中が途切れること。
これ、うまくやりきらんといかんね。
もっとペースアップすべし。
明日、稽古初日。





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by officemigi | 2017-01-05 02:05 | 林建次の日々 | Comments(0)