【オフィスミギ】晴れ男なものですから

カテゴリ:林建次の日々( 613 )


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アーティストという定義がある限られた世界の人々のことであり、

肩書きなどで世間から敬われる存在で、

また、難解なものを分かる人にだけ分かればいい、というスタンスなら、

そんなものにはなりたくないし、呼ばれたくもないな。


だが例えば、その定義が「生きる」ということに直結し、

善も悪も超越して心揺さぶられる体験を表現するということだったら、

こんな自分でもそうでありたいと願う。


どんな立場の人でも、言ってしまえばこの世に生を受けたのならば、

それがアーティストなんじゃなかな。


LIFE IS ART とはそういうことだと思う、ね。


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by officemigi | 2018-02-05 21:56 | 林建次の日々 | Comments(0)

フラッシュバック

たまたま仕事で牛久という場所へ。

24年前になるのかね、
世田谷から行き着いた場所が茨城の牛久愛和病院っていう大きな総合病院。

不思議と当時のことが思い出させられるね。

のたうち回りながら、自分はどうなっちまうんだろうなっていうのか、
10年後、20年後って果たして俺は、とか思ってたかな。
あの当時を考えれば、今は天国にいるようなものだな。

お前さん大丈夫だよ、なんとかなってるからって伝えてやりたいなと思ったね。






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by officemigi | 2018-01-26 00:08 | 林建次の日々 | Comments(0)

1月24日

さて、よいよ入稿近いです。
今回は予想以上にタフだった。
それだけ、彼らの持っているものが普遍的で素晴らしいということだと思う。


それはそれでね、自分は年中痛い身体なわけでもう23年ぐらいかな。

日々の生活の中で痛みというものに対して、気を許している場所では無意識に痛そうにしたり、
それを口に出したりしてしまう。

甘えといえば甘えなのかな。甘えだな。
けど、そこまで張り詰めて気を使えない。とてもじゃないが今の自分じゃやっていけない。
俺と同じような痛みを抱えていても、中には平気そうに過ごしている人もいるかもしれない。
残念ながら、自分はそこまで強くない。

外から見れば都合よく痛くなる人と不快に思うこともあるだろう。
そりゃそうだ。会う度に、痛いだなんだといわれればさ、
我慢できねぇのかって、逆の立場なら口に出さずともそう思うこともあるだろうな。

「痛み」とういうものは障害には認定されない。
目に見えないものだし、人によっちゃぁ嘘でもついて障害者になることも考えられる。
けど、「痛み」によって行動や、思考も奪われる瞬間は今でもある。
というか毎日だ。

腕の不自由さも正直に言えば決して楽ではないが、
「痛み」は時としてそれを遥かに上回ることが多い。

人がどう感じるかということをいちいち気にしていたら疲れるし、
けど、そういう自分が不快にさせることもあるのは事実だ。

じゃぁ、どうすればいいのかなと考える。
自分の周りに自分の状態を理解してもらうことは大事だが、
出来る限り痛くならないようにすることはとても大切なことだ。
自分のためだけでなく、周りのためにも、だ。
それができる環境をつくるしかない。
もしかしたら、この数年でできるかもしれない。
そうなれたらいいな。
やるしかない。

これまで、自分のそういう痛がる行動や言葉に対して、
周りが深く理解してくれていたんだということは本当に有難いことだと思う。

よくぞ、、、、と心底思う。



















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by officemigi | 2018-01-24 19:29 | 林建次の日々 | Comments(0)

記録しておこう。


元旦の初詣で帰りにフラフラ走っていたら、
笛吹峠という誠に懐かしい場所へ辿り着いた。

入りくんだカーブが連動していてバイクで走ると最高に楽しい。

ここは中学の同級生がバイク事故で亡くなった場所だったことを想い出した。
彼は高校の入学式でパンチパーマで現れて、なんだかんだで即退学。
とにかくやんちゃで派手で男前で華のある奴だったっけね。

棺に収まった彼は口元に笑みを湛えながら
今にも起きるんじゃないかっていうような、
悪い冗談だよっていうような、
安らかで綺麗な顔だったのを覚えている。

十六歳で夭折。
記憶の中で十六歳のまま。

タカツグよ、タカツグよ。
俺はわりと運よくてね。
いい歳になって齷齪と生きてるさ。








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by officemigi | 2018-01-02 19:35 | 林建次の日々 | Comments(0)

明けましておめでとうございます。



大晦日は和氣慎吾の試合と撮ってデータ処理してから少し休んで、

深夜に初詣へ御嶽山をご神体とする金鑚神社 へ。


都心から2時間弱で行けるので丁度いい。

都心の神社は元旦にかけて大勢の人で賑わう。

そういうのも楽しくて悪くはないが、

ひっそりと自分と向き合うのが割と好きなもので

下北の諸々のお誘いを断って関越道へ。


埼玉県の児玉郡というそれこそ何もないような田舎だが

そういう場所で育ったというのもあるんだろうな、

街灯もない道を走っていくのも趣があっていい。


5時には着いたが明かりは灯っていてもまだ誰もいない。

おそらくは明るくなってから人が来だしたりするのだろう。

山の麓なので寒さは相当のものだが、こういう場所に来ると

不思議と身体の痛みはあまり感じなくなる。

深々と静まっており、森というか山の気配みないなのが心地いい。

拝殿へ行き手を合わせる。


金鑚神社は御嶽山がご神体で拝殿はあるが本殿というものがない。

初日の出にあわせて御嶽山の頂上へ向かう。

何度も来ているので慣れてはいるが、まだ日がないうちは真っ暗でまぁちょっと恐ろしい。

御嶽山の頂上あたりはもはや獣道で、自分の息遣いと、たまにあちこちガサガサ音がしたりする。

自然ってなんだろうな、偉大すぎる。人間なんざちっぽけなものだと思う。

最後はロープを伝って急な斜面を登り切る。

別に何があるわけでもないがそれまでの恐怖はなくなり、

妙に心地よく登り来る太陽を眺めて光を浴びまくった。

この場所に自分だけという贅沢。


その後、岩山山頂へ。

そこへいくと6人の高校生と、カメラ構えている青年がいた。

まだ暗らがりからきていたのであろう、しばらく彼らと少し話をした。

日はの登り、彼らも岩山を降りて行ったのでまた一人でで過ごした。

江戸時代につくられた割と無造作に置かれた石仏たちを眺めながら山を降りる。

森の中から木漏れ日が差していてなんとも心地よさげな石仏たち。


今年は責任も大きいけど、どう変化していくかという楽しみもある。

多くの方々と関わりながらこれまでにない自分を創れるかどうか。

だな。


皆様、どうぞよろしくお願いいたします。


さて、これから原稿。


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by officemigi | 2018-01-02 06:25 | 林建次の日々 | Comments(0)

師走

師走だ。
仕事という意味で明日が今年最後の撮影。
その流れで来年から一気に突き進む感じかな。

大晦日はライフワークで和氣慎吾を撮って
そのまま深夜にひとりで初詣に行こうと思う。
関東圏の何処か。
金鑚神社か三峰神社、あるいは榛名神社、三島、鹿島あたりかな。
その時の思いつきで行こう。

で、ひたすら原稿と構成を組む年末年始になるかね。
表現したいことをやりたいようにやらせて頂いているんだから、
これほど幸せな仕事の取り組み方ってないよな。

来年は6〜7月まで、3本のまったく違ったものに同時に取り組む。
毎回一本一本丁寧にだけど、もうそうも言ってらんないし、
それが出来る自分を創り出すしかない。

その中でもしっかり自分をアピールしていくことにも
取り組んでいく。
自分の話をする機会も増えいくし、
新たな作品創りにも取り組んでいきたい。
あとノリのことも忘れていない。

それはそれで、ちょっと前に自分の想いが強すぎで申し訳ないなっていうようなこともあったりで、
俺ってしょうもないな、などど想うけど、
そういうのも昔と変わらず一本槍な自分なんだからまぁしょうがねぇじゃんか、
と笑うしかないし、実際に笑える。
まだまだですなぁ、建次さんよ。

そんなんで、ついさっき、ミノルからデザインやら構成が上がってきたりで、
奴も踠いてるんだろうけど、多分他に例を見ないふたりの独特な創り方が進化していると思う。

来年が楽しみだ。










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by officemigi | 2017-12-28 01:05 | 林建次の日々 | Comments(0)

歳月

先日、木更津にて忘年会の後、
市内のホテルに泊まった。

はやく帰って仕事だと決めて早朝にチェックアウトを済ませている時、
ロビーに目をやると大きな絵画が飾ってある。

よくある風景だが、
女性の美しいラインで描かれていてなんとなく眺めていると、
これは工藤村正先生の作品ではないかと感じた。

近寄ってマジマジと眺めているとサインがあり、
MURAMASA KUDO
とある。

こんなタイミングで出会えるとは。
あゝ、そいういえば先生はお元気だろうか、
個展に足を運んでいなかった。

先生にもご連絡させていただき、
お世話になったマリさんにもご連絡させて頂いた。

あれから20年の歳月が流れたんだな。

自分の人生に大きな影響を与えてくれたお二人に
ただただ感謝の念が湧いてくる。





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by officemigi | 2017-12-25 13:16 | 林建次の日々 | Comments(0)

現場2

現場。潜る。

震災の時、液状化で崩れた地下に潜った彼らは
自分に言い聞かせるように口々にこう言っていたという。

「やるしかねぇんだよ」

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by officemigi | 2017-11-08 20:50 | 林建次の日々 | Comments(0)

現場へ。

先月からとある現場へ張りつく。


311の震災で地下に埋まっている配管がすべて寸断されて、

稼働しなくなった大手食品工場があった。


復旧どころではなく逃げ出す業者が続出する中、

震災翌日から着手し、わずか6日で一部を仮稼働させたという

少数精鋭の職人たちがいた。


彼らは工場の外から穴を掘って

見たこともないような害虫だらけの地下壕内部へ潜り込み、

強烈な異臭がただよう汚水で胸までつかりながら突き進み、

引き裂かれた配管を手探りでひとつづつ探り当てるのだ。


そして、大きな余震で音を立てて揺れる暗闇の中で、

すべての配管を繋ぎとめた。

以後、工場が完全復旧まで従事する。


断ることもできなのではないか。

危険を顧みなかったのか。

せめて状況が落ち着くまで待機してもよかったのではないか。

それとも、望んで請け負ったのか。


そんな問いかけに、笑いながら答える。


「そりゃあ、やりたくないですよ。できるならもう二度とやりたくない。

でも誰もやらないんだから、やるしかないじゃない。困っているんだからさ」


誰もやらないからといってやれるのもでもないだろう。


なぜ、出来たのか。

危険を犯してでもやり遂げる強い動機が他にあったのか。

例えば、

「震災で苦しんでいる人たちのために」

というモチベーションだったのか。


なくはないが、それは結果論だという。

結果、ああよかったね、だという。

つまり大義名分は彼らのモチベーションにはなっていない。


では何がそうさせたのか。

何度も喰い下がって数人の職人たちに聞いてみたが、

言回しは違うにせよ、媚びへつらうことなく答えは皆同じだった。


「俺たちの仕事だから…」


今の現場は当時の状況と比べれば何てことはないのだろう。
ただ彼らの息遣いを感じていく中で

「仕事だから…」と言う意味が少しだけ解ったような気がした。

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by officemigi | 2017-10-30 18:54 | 林建次の日々 | Comments(0)


辿り着いた永遠なる丘の上に咲く花は

枯れゆく運命の中にあり


その孤高なる姿は

太陽のひかりを受けとめた美しき月のよう


明日はなきものと

最期の月光に照らされたとしても


花はだた愁然と咲き誇るだけ


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by officemigi | 2017-10-30 01:58 | 林建次の日々 | Comments(0)