【オフィスミギ】晴れ男なものですから

カテゴリ:林建次の日々( 592 )


花飾る


原稿三本目終える。

あと四本。

しかし俺、遅い。

悶々としてたので一気に部屋の模様替えしたら進む。

久々に花飾って、記念?に撮る。

あゝ、気分よし。

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by officemigi | 2017-07-09 18:58 | 林建次の日々 | Comments(0)

「欲」や「業」


「中を取る」という行為は否定しないが、
現場でモノをつくる人たちから叩くことをしてはいけない。

行き過ぎた「欲」や「業」はヘドロのように現場に伝染し、
どんなに情熱を賭けて取り組んでもクオリティを下げてしまう。

丹念に磨き上げた美しさは一瞬でよごされてしまうんだ。

だから関わる人たちすべての純度が真に問われるものだと思う。

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by officemigi | 2017-06-24 21:28 | 林建次の日々 | Comments(0)

古寺


京都の仕事の帰りに、奈良にある室生寺へ。


室生寺は人里離れた山の奥地にあり、

巨匠、土門拳さんが晩年に古寺巡礼と称して様々なお寺を訪ね歩いた中でも

最も愛してやまなかった聖地。

平安時代につくられた十一面観音を観ていると、

果てしない時の流れの積み重ねの中で、

ただ静かに「在り続ける」ことの憂いを伴った美しさを強く感じる。


土門さんは来る日も来る日も、これらの仏像とひたすら向き合い、

凝視し、咀嚼し、張り裂けるほどの緊張状態でシャッターを切ったという。


その行為を経て初めて価値を創り出す土門拳さんは、最も尊敬する写真家のひとり。


60代になって、いろんなことを感じらるようになったら撮り歩きたいと思うけど、

まだまだ甘ちょんな自分であり、気が遠くなりそうで、

こらからの10年とか大事だな、と思う次第。



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by officemigi | 2017-06-14 23:47 | 林建次の日々 | Comments(0)

花と人と


砕けて言えば、

「花と会話できるような人」

はわりとたくさんいると思う。


だが、たとえば常に花を想い、感じ、花と同じ時間軸で生きて、

言葉のない交信の果てにその世界の喜怒哀楽を共有し、

さらに、花たちの意思を聞いた上で作品をつくり上げるという人は

ごく限られることになるだろう。


柳井さんと初めて会ったときは、

なんと浮世離れした方なのだろうと思った。

人のことはいえたものではないが、だ。


だが柳井さんが、ひとたび花たちと向き合った瞬間から、

普通の感覚の人間には理解できない世界へ入っていく。


花と人。


鋭くも優しく、また儚い時間が流れる


その異次元のやりとりは情熱に満ちていて、

あまりに楽しいというのが直に伝わってきた。


ああしたい、こうしたい、という自分の欲を持って

動けない彼らをねじ伏せるのではなく

彼らの意思を丁寧に聞いていく。


「どう、これでいい?楽しかったね。ありがとう」


なんて人なんだろう。


ここにも天才がいた。


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by officemigi | 2017-06-01 02:57 | 林建次の日々 | Comments(0)

あなたがいたから出来たこと 序文

 


昨年の今頃といえば、原稿で奮闘していた。


書家の夕幻の作品集。以前から旧知の間柄でははあったが、

依頼されて深く関わるようになって初めて夕幻の凄さを知ったと思う。


書と人と向き合う純度の高さ。

そして優しさ。


 母の発病で「命」と向き合いながら、

亡くなるまでの一年半の間に出来た作品たち。母親との向き合い方が凄かった。

なかなかできないことだと思う。


最終的にバラバラになっていた家族は一つになっていくんだよな。

書道家として大きく成長していく様を見させて頂いた。

彼の残したもの、そして今地道に取り組んでいること。

彼はおそかれはやかれ立つべき場所に立つと思う。


昨年の夏に出来たこの本の冒頭を掲載します。


物語は母親を亡くした後、その想いの言葉「あなたがいたから出来たこと」を

書く場所を見つけたところから始まります。


彼のことを是非知ってもらいたいですな。



あなたがいたから出来たこと


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「ユウはね、ジジの膝の上に座って書いていたんだよ。

小さな手で筆を持ってさ。そう、ジジに手を添えてもらってね」


 父は懐かしそうに書斎を見渡した。

江戸川区の平井にある二階建ての古風な家に父子はいる。

吐く息も白くなるほど書斎は冷え込んでいたが、障子越しからの光は部屋全体を柔らかく包んで、

少しだけ寒さを忘れさせてくれた。


書斎には書をしたためたであろう使い古された机があり、

同じく使い込まれた幾つもの硯や大小の筆、墨や半紙などがきちんと整理されていて、

まだ主人の気配を十分に感じることができた。


 遠藤夕幻は、それらをひとつひとつ手にとって眺めていくうちに、

祖父に抱かれている感触と、机の上に真っ白な紙が敷いてある光景がぼんやりと頭に浮かんできた。

なぜか聖域にいるような感覚があった。そして、それを自分が懐かしく感じていることに内心驚いていた。


「そうだったんだ」


 かつて祖父母は書の師範を得て子供たちに書道を教えていたが、

実際に夕幻が教えてもらうことはなかった。それは自分が望んでいなかったという単純な理由だった。

夕幻は、祖父母の家に行くのを敬遠していた時期がある。

それは、亡き母が祖父母のことをあまりよく思っていないという印象が強いせいでもあった。

  

 夕幻は書道で生きると決めて十一年が経っている。

自分は書道家のエリート家系とは違って、ごく一般の家庭から出て来たにすぎないと思っていたが、

物心つく前から書に触れていたのだという事実はやはり嬉しく思えた。

書道家として潜在的に自分を創ってくれた原点をあらためて感じて、

初めて祖父母に心からの感謝の念が湧いてきた。


 夕幻は書斎に漂う氣を身体一杯に吸い込んでから祖父の仏壇の前に座り、

静かに般若心経を唱え始めた。

父は腕を組んだまま、成長した息子を見つめている。


夕幻は心の中で想いを巡らせていった。


 夕幻には書かなければならない言葉があった。

これは夕幻が書道家として生きていく中で、様々な人と出会い、向き合い、時に衝突し、

へし折られ、見守られ、多くの喜怒哀楽を体験してきて、自身の心にすっと浮かんできた言葉だった。


この数年、その言葉の持つ意味や想いが、また大きく変化して行くことをあらためて感じていた。

その言葉は特定の誰かに向けてのものでもあり、また、多くの、様々な人たちに向けてのものでもあった。


書道家、遠藤夕幻にとって、その言葉を、いつ、どこで書くのか、

ということが作品を創る上で大切なことの一つだった。


意味のある時に、意味のある場所で、価値のある水を使って墨を磨り、

筆にすべての想いを託して書く。


そうして、初めて遠藤夕幻の書が生まれる。

彼が七転八倒しながら夢中で生み出していった彼独自の書の本質だった。


手を合わせながら、夕幻にある想いが浮かんで来た。
間もなくこの書斎の主人である祖母の命が尽きようとしている。

夕幻は数日前に病室にいる祖母を見舞い、手を握って感謝の念を伝えていた。

もやは喋ることすら出来なくなっていた祖母が、微かに自分の手を握り返したことを思い出した。


夕幻は般若心経を唱え続けた。思考はより明確となる。


「俺は、ここで、この書斎で書くのだ」


 幼い自分に書道というかけがえのないものを与えてくれた祖父母のために。


 どんな環境であれ、常に愛情を注いでくれる父のために。


 書で生きる自分を密かに見守ってくれた亡き母のために。


 どん底にいた自分を救い、常に自分に寄り添う愛する人のために。


 これまでも、これからも遠藤夕幻に関わるすべての人たちのために。



あなたがいたからできたこと


 書に馴染んだ幼い頃から、書で生きることを誓い、

必死だったこれまでの様々な出来事が心の中に蘇る。


そして、作品を書きながら母の命と向き合った

あの一年半の凝縮された日々が何度も反芻された。


 二〇一六年、二月。清々しく晴れ渡った冬の日だった。


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by officemigi | 2017-05-08 23:31 | 林建次の日々 | Comments(0)

「晴れ男なものですから」

もうながいこと使っていたブログのタイトルを変えることにする。


「生きるために人は夢を見る」っていうのは2009年に出版した本のタイトルで、

出版前からブログはこのタイトルだった。

ありがたいことに当時一緒に仕事をしていた伊藤さんがつけてくれた。

もちろん本の宣伝を意識してのことでもあり、

当時のワタクシはブログのことなどチンプンカンプンで任せきりだった。


いろんな想いを乗せてつくった本で、

無謀に突っ走っていたいわゆる青春時代といっていい頃である。


つくった作品は愛着あるもので当然大切なんだけど、

ブログのタイトルがいまだにこれなのは、

じつはちょっとこそばゆいというかどこか恥ずかしいとずっと思っていた。

ワタクシもいろんな意味で変化している。


で、そうか、変えればいいのかとそんな簡単なことにようやく気がついた次第である。


「晴れ男なものですから」


そう言わせていただくときがある。

実はわりと晴れ男である。

撮影で明日は雨と予報があっても、

翌日は晴れている、ということが多い。

雨が降っていても撮影のときだけ上がるということも。

だから、仕事で天気の心配はあまりしない。


晴れはいい。

雨よりも曇りよりも晴れがいい。

太陽はあったかい。

ふとんが干せる。最高だ。

晴れたら原っぱで寝転がって本読んで昼寝がしたい。

だから明日も晴れて欲しいものだ。



ただそれだけのことであり、別段深い意味は持たせていない。

ということで

「晴れ男なものですから」

でいくことにします。


まぁオッサンぽくてかっこいいんじゃないかね。

実はこれからの10年がすごく楽しみでもあり。


どうぞよろしく。


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by officemigi | 2017-03-30 14:21 | 林建次の日々 | Comments(0)

エアサイクルハウジング 施主巡礼

エアサイクルハウジング 施主巡礼
本来は紙媒体なのですが、こちらでも掲載させていただきます。


障がいを持って生きる家族が求めた「家」の在り方。

そこに丁寧に寄り添っていくことって素敵だと思います。


こうやって聞いてみて感じてみて初めてわかることがある。

障がいというのも本当に多岐わたっていて目に見えないものもたくさんある。

社会に参加していくためにしなければならないこと。

バリアフリーっていうのはカタチばかりではなく、

目に見えないものに対して社会が理解を深めることだとつくづく思う。


 山中さんたちご家族の笑顔が忘れられないくらい素敵だった。

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 山中慎介さんと弥淑さんは聴覚障がいを持って社会と向き合って生きている。

外見からは障がいは分からない。

街ですれ違った人たちは二人に聴力障がいがあることに気付くことはないだろう。

けれど家から一歩外に出れば、多くのことに神経を使わなければならい。


 背後からくる自転車、車のクラクション、突発的な人とのコミュニケーション。

慎介さんと弥淑さんが社会で生きていくことは、困難に立ち向かう連続であるはずだ。

聴こえないというもどかしさ、それに伴う恐怖は、

生きていく上でどれほどの苦しみをもたらすのであろう。


 けれど、二人はそれを微塵も感じさせない笑顔を人に与えてくれる。

言葉ではない豊かな感情を伝えてくれる。

それだけで慎介さんと弥淑さんが、どう生きてきたかを感じることが出来る。


 音のない世界で生きてきた二人が出会い、家族となった。

痛みを分かち合い、共に生きる「家」は、どこよりも安心できる愛につつまれた暖かな空間にしたい。

それを実現するためにエアサイクルハウジングの内藤は夫妻に寄り添い、奔走した。  


 妻の弥淑さんが書籍「やっと出会えた本物の家」で、自然素材を丁寧に扱い、

施主に寄り添うエアサイクルハウジングの家づくりに感銘を受けたのがきっかけだった。


 そして導かれるように出会った物件は、

あるご夫妻が年を重ねた母親のためにつくったバリアフリーの二階建てだった。

山中さんは愛情に満ち溢れている家を買い、リフォームをエアサイクルハウジングに依頼する。

床は自然の暖かさを感じさせる無垢ヒノキ。壁には漆喰。

キッチンはリビングを見渡せるように壁取り払った。

二階も間仕切りを取り払い、どこにいても家族の気配を感じることのできる空間に仕上げた。


 「今あなたはどこにいるの?」
 

  慎介さんと弥淑さんは、私たちには分からない音のない世界を生きている。

これまで住 んでいたマンションは、

中廊下と個室の空間でお互いがどこにいるのかわからないという不安がつきまとっていた。

でも、もう闇の中にいるような恐怖を感じることはない。


「家族が一番です。何も気にすることなく過ごせる家。そうです、私たちはこの家に守られているんですよ」


  三歳になったやんちゃな圭真くんは、

宅急便が来たことやトーストが焼き上がったことを知らせてくれるようになった。


それは慎介さん弥淑さんにとって新たな驚きでもあった。

二人に与えられた大切な宝物の圭真くんは、この家で日を追うごとに優しさを携えて成長していく。


 休日の夕方、弥淑さんは夕食の支度を始める。

キッチンとつながるリビングには、慎介さんと圭真くんが戯れている姿が見える。

愛する家族がそばにいることを感じながら料理を創る。


「あの二人ったら楽しそうに何を話しているのかしら」


 この家が与えてくれたかけがえのない幸せは、どこにでもある家族の風景の中にある。








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by officemigi | 2017-03-28 00:26 | 林建次の日々 | Comments(0)

「武士道×八重樫東」

昨年関われせていただいた岩手日報140周年記念号

「武士道×八重樫東」が岩手広告賞を受賞とのこと。

 結果がどうなるかわからないというドキュメンタリーとしての要素を

存分に楽しみながら取り組めました。


岩手日報の柏山弦さん、アートデレクション、デザイナーの横尾美杉さんが

素晴らしい紙面にしてくださいました。

多くの人に伝わり結果が出るのはやっり嬉しいですね。


 八重樫さんの恐れることなく打ち込んでいく無骨な闘い方は、武士道そのもの。

「何か」を与えられる数少ないボクサーだと思います。


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by officemigi | 2017-03-28 00:05 | 林建次の日々 | Comments(0)

3/5

 今日は身体の治療の日。

もう10年は自分の身体を診てださっている方。

身体と同時にカメラマンとしての自分、人間のしての自分の変化もよく知っている。

見守っていて下さる。本当にありがたい限りです。


とにかく二月までは慌ただしかったけれどそれはそれでね、

永らく抱えていたことから、ここ数年かなぁ、目に見えないものから、ようやく解放された。

あくまで、自分自身のことなんだけどね。


だから、仕事だけじゃなくて、本当に素晴らしい、素敵だなと想えることに、

素直に感情を動かせることが出来た。


これは凄く大きなことで、

それを感じられた自分がいるとういうことが本当に嬉しい。

もうそれだけで十分贅沢なことだと思っている。


世間の決まったカタチを求めることよりも、

自分なりに感じて、そして出来ることがあればそれで十分なんだ。


自分の気持ちに誠実でいることが、生きて行く上で何より大切で、

そういう中で自然とやるべきことが出来るのなら何よりです。




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by officemigi | 2017-03-06 02:09 | 林建次の日々 | Comments(0)

神野寺

 今となっては当たり前のようになっているお寺でのアーティストのライブイベント。

 2002年の頃はまだそんな時代じゃなかったけれど、それを先駆けて取り組んでいたのが池上本門寺で、当時は満月の十三祭りといって満月の日に本門寺でコンサートするっていう画期的な取り組みだった。


 お堂をライトアップした幻想的な雰囲気の中で、梅若六郎さん、朝崎郁恵さん、UAさん、喜多郎さん、矢吹志帆さん、矢中鷹光さん、ジョン・チャヌさんといったそうそうたるアーティストたちよる満月の夜のライブ。それを取り仕切っていたのが、安永さんだった。
 
 こんな僕なんかも撮影に関わらせていただき、翌年には本門寺朗峰会館で写真展も開催させて頂けたのは、ボクサーを撮っていただけの自分を安永さんが認めて下さったからこそ。


 安永さんは僧侶でもあるんだけれど、当時は本門寺の朗報会館支配人でもありエリートといっていい役職だった。

 けど、そんな安永さんは廃墟と化した小さなお寺を復興するために、すべての役職を捨て去るんだ。しかも、そのお寺の住職は孤独な亡くなり方をしたという。誰も手をつけることなんてこれまでもなかった。地域の人は荒れ果てた廃墟のお寺でいい印象なんてなかったはずだ。


 僕は安永さんが三ヶ月間、荒果てたお寺を独り黙々と修繕工事をしていたのを知っている。生活の保証もない。そこに儲かる話なんて一切ない。ただ、埃まみれになったご本尊を救い上げるような行為。


「少なくともバチが当たるようなことはないよね」


 今もそう笑って言うけれど、たくさんのリスクを背負ってた。


 本来のお寺の役割とは。

 例えば、心に闇を抱えた人がふらり立ち寄って元気になれる場所。

小さくとも人が集う暖かな場所。


 本門寺での大規模なイベントは、お寺の敷居の高さを取り払い、もっと気軽に立ち寄って欲しいとう想いがあった。心に闇を抱えた人がふらり立ち寄って元気になれる場所こそが、本来のお寺の役割であることも。


 ライブ前にそう言って伝えることあっても、実際、地域のお寺にそれが本当にできるのであろうか。
 いや、そうであるべきた。
 そして、ただ、それを実行するだけ。


 本当に凄いなと思う。

 時は流れて、今、横浜で別院の神野寺をエアサイクルハウジングによって建立し活動されている。

 安永さんの活動は多岐に渡っていて、ここでは詳しく書けないけれど、時期が来た時にしっかり取り組みたいと思っています。



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by officemigi | 2017-02-19 03:02 | 林建次の日々 | Comments(0)