【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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当たり前の風景

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 徹底した信念がある。
 常に強者を求めて勝負を挑み、そして勝つこと。そうした激闘を繰り広げ、生き残った者がチャンピオンという唯一無二の聖域に到達できる。ボクサーは孤高に挑んでいく存在のはずだ。リングの外のくだらない駆け引きや言い訳、強い相手から逃げて、勝てる相手を選ぶなど論外だ。ボシンングだけは、厳しくとも純粋で美しい世界であって欲しい。

  2010年2月23日。後楽園ホールの観客は、信じられない光景を前に騒然としていた。初の8回戦だというSバンタム級の無名のボクサーが、4階級も上の実力者、日本Sライト級3位の方波見吉隆(伴流)に勝ったのだ。しかも、6Rにダウンも奪っての勝利だった。常識を逸脱したマッチメークは、その無名のボクサーが望んだのだという。おそらくホールにいたすべての人間が、無様に倒されるであろう彼の姿を想像したに違いない。しかし、荒井遼晴だけは恐怖と向き合いながらも、己の勝利を信じて疑わなかった。

 天涯孤独。幼い頃から社会の底辺をもがきなら漂流を続け、寂しさに震えながら堪えてきた。生まれ育った故郷と呼べるものはなく、常に見知らぬ家庭を転々と預けられてきた。その扱いはまだ小学生にもならない小さな子供には、辛すぎるものだった。

「あんた、いつまでいるもりなのよ」

人間の冷たさと、言いようのない孤独感を肌で感じていた。異国で過ごした時期もあった。言葉も分からず日本人ということで、いじめられもした。荒井はわずか八歳で、ほとんど面識もない母に捨てられるかたちで日本に戻り、父と名乗るヤクザな男が待つ北海道へひとりで向う。そして、連れて行かれた先は富良野の養護施設だった。ようやく人並みの生活が出来るのではないかと安堵したが、凄まじいリンチにあった。それでもこれまでの生活に比べれば、ひとりよりはマシだと思った。しかし、数年を過ごすうちに、この施設もまともな環境ではないと冷静になって感じている自分がいた。

十三歳の頃、先輩からのリンチは度を超えていた。荒井の尖った生意気さもあったのだろう。だが、彼は決して施設の先生に告げ口をすることは無かった。それを言ってしまったら負けだ、助けを求めるものではない。厳しい環境で生きてきた荒井は、自然と己というものを持っていた。だが、この頃から荒井は、世の中の理不尽さや、これまでの運命に噛みつくかのように暴走し、結果、十五歳で少年院に送致され、そこで一年間を過ごす。出所後もシンナー、クスリ、悪事の限りを尽くして再び漂流する。それが不幸とも思わず、生きるということは、そういうものなんだと思っていた。

「はみ出しものだった父親はもう死んでると思います。最後にあった時に直感でそう感じました。母親はどこかで生きていると思う。」

 しかし、荒井の人生が十八歳で大きく展開し始める。その当時に出会った彼女が、荒井を泥沼から救い出す。まず、シンナーを辞めるよう促し、さらに、住むところを失ってしまった荒井を、自分の両親に引き合わせ実家に住まわせた。こんな自分を受け入れてくれることなど、生まれて初めての経験だった。彼は本当の人間の暖かい愛情を知るとになる。そして荒井はボクシングと出会い、これまでに溜まった毒を一気に浄化させ、この競技の怖さを体現しながらも、徹底して己を高めてゆく。

「彼女には、本当に感謝してます。子供もできたけど、ボクシングが優先で、結局、結婚して一年で別れてしまった。申し訳なさも、悔いもある。だけど、独りきりになっても、ボクシングはどうしても辞めめるつもりはない。俺は最低な奴だと思う。」

 離婚してしまったのは、まだ二十歳という未熟さもあったかもしれない。だが、本能的にボクシングを優先してしまったことには理由があるはずだ。荒井は八回戦以降、常に強敵に挑んできた。これは、ボクサーを志した時からの信念だった。無謀といえる相手を選び続けたのはなぜだろう。

 ボクシングという聖域。強いもの同士が逃げずに真っ向勝負すること。

「なぁ、そんなことは、当たり前じゃないか。」

 彼はそう叫んでいるように感じる。
 当たり前のこと。この世に生を受けた時から、荒井の人生には、当たり前の風景などひとつもなかった。彼はこれまで味わってきた数多くの苦渋の体験を、“そうじゃねぇだろ、今に見ていろ”と身を削って世間に示そうとしているのではないのだろうか。だとすれば、彼がリスクを犯して闘う本当の理由が、痛いほど理解できるはずだ。荒井は世の中の理不尽なことや不条理に対して、ボクシングという媒体を使って命がけの闘いに挑んでいるのだ。嘘も、ごまかしも、汚さもすべて飲み込んで、それを遥かに超えた価値あるチャンピオンという聖域に到達したい。それこそが、これまでの運命に対してのリベンジになるのだ。

 そして、そんな身勝手な生き様を見守ってくれる人たちがいるのを、彼は知っている。今度の試合に、別れた妻と息子が応援にくるのだという。おそらく荒井遼晴は、己の闘う姿を示すだけなのだろう。ボクサーで在り続ける限り。
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by officemigi | 2013-12-11 09:33 | BAD LOSER | Comments(0)

8月3日

 
 ここで書くべきなのか迷ったけれど、知りたい人もいると思うので、ここに記すことにします。

 あれから数日がたっても、あたなは自責の念にかられていることだ思います。
 2013年8月3日。日本タイトルマッチに敗れたあなたは、9年間のすべてを台無しにしたと言っていたけれど、少なくとも、私にはそうは思えないのです。

 あなたは以前、
「志した二十三才の時からずっと時間が止まっている感覚なんです」
と言っていました。でも、チャンピオンになることで、その時間が動き出すと信じていました。そのために、あなたが練習以外にも、毎日欠かさず続けてきていたことは、その時の気づきや、強くなるためのことを、たとえ小さなことでも忘れないように毎日書き記すことでした。ご飯を食べている時でも、あなたは気がつけば、ノートを取り出して書いていた。9年間、ずっとです。何十冊になったのでしょう。他にもたくさん、思うことがあります。

デビューから見てきていた私にとって、あなたがどんな想いで生きてきたのかは、ほんの少しだけ解るような気がするのです。なりふり構わず、命を差し出すような闘い方は、重く心に響いて、多くの人を魅了しました。

あなたが、まだ4回戦の頃です。試合後にレフリーの福地さんが私に、こんなことを言ってくれました。

「この子は上にいくよ」

 とても嬉しく思ったものです。
 だけど、前のめりになって、誰よりも生き急いでいるように見えたのも事実でした。切なくなるほどに、頂点だけを求めていた。その不器用な生き様が、あなたのボクシングでした。

 ゆえに、そうした激しい闘いを重ねてきた結果、もう随分前から身体は悲鳴を上げていたはずです。念願だったタイトルマッチは、減量失敗という事態に。あなたが最初に倒された時、完全に意識を失っているようでした。それでも、ふらつく足取りで立ち上がり、セコンドに″止めるな″と合図を送っていました。そして、目を見開いて、何かを大声で叫んで、向かっていった。精神と身体が空回りしたままで。そして1ラウンドKO負けという、あまりに無念な結果になってしまった。

 あなたはこの「事実」に対して、あらゆる批判に、黙って耐えなければならないのでしょう。
 だけど私は「真実」を、このように感じるのです。
 身体は、あなたの意志に逆らい、それを断ち切ることでしか、その身体を守ることが出来なかった、と。
 これ以上、深いダメージを背負うのは、あまりに危険だった。もし、身体が強いモチベーションに従い、最高のコンディションで、チャンピオンに挑んでいたとしたら、あなたは、どんな危険を犯してでも、命と引き換えにしてでも、求めていたのもを手にしようと、闘い抜いてしまったことでしょう。だから、減量の失敗も、1ラウンドで終ったのも、そういうことだと思うのです。

 試合前、後楽園ホールの前で、いつも応援に駆けつけるあなたのお母さまとご兄弟のお二人と会いました。皆、なにかを察していたようです。お母さまが言っていました。
「あの子の願いが叶ってほしい気持ちはあります。だけど、なにより無事に終ってくれたら。」

 私は、あなたに、9年間闘ってくれて、そして、最後に惨めな結果になろうとも、あなたを守ってくれた大切な身体に、最大限の感謝をして欲しいと思います。そして、この9年間に、胸を張って欲しいのです。

 これからは今までとは真逆で、誰かのために生きてみるのもいいかもしれませんね。
 幸せだと心から思えた時に、止まっていた時間は、ゆっくり動きだすと思うのです。

 あなたは、私の著書の中で、最後の現役ボクサーでした。
 心に響く瞬間を何度も見せて頂きました。
 本当に感謝しています。

最後のあの叫びは、9年間の想いのすべてだったと。
あなたが生きてきた証だったように思います。
忘れられない瞬間でした。

ありがとう 光矢。




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by officemigi | 2013-08-11 01:30 | BAD LOSER | Comments(2)

BAD LOSER 優しさの向こう側

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「俺はチャンピオンになりたいんです」
ランキングから滑り落ちた男の言葉だった。
無様な試合だった。大切な人を事故で亡くしてしまった後での初めて
のリングだった。勝負の世界では、それすらも言い訳にしかならない
ことを男は十分理解していた。

山元浩嗣 24戦15勝(2KO)7敗2分  元日本Sフェザー級6位

 山元は3歳の時、父を病気で亡くなってしまい、母の手で育てられ
た。兄弟のいない彼は、独りでいることが当たり前だった。自分を育
てるために母が必死で働いているのを知っていたので、何か物ををね
だるということもしなかった。山元は忙しかった母に甘えた記憶がな
かった。今思い返せば、愛情というものに「飢え」みたいなものがあ
ったのだという。ただ、寂しかった。
 その反動なのか、気の強さは人一倍だった。そう簡単に自分の意思
は曲げない。山元は小学校3年から空手を始め、高校まで続けた。腕
っ節に自身があった。そして大学在学中にボクシングを始め2005年
にデビューする。初戦こそKO勝利だったがその後2連敗。順風満帆の
ボクシング人生ではなかった。これで辞めたら人生に負けたと言って
るようなのもだった。山元は与えられた試合に挑んでいく。勝ち負け
を繰り返しながらA級ボクサーとなり、2010年、ハードパンチャーの
小澤大将と闘い、ついにランキングを手にする。小澤の勝ちは間違い
ないと見られていた試合に、山元は噛みついた。これまでのベストバ
ウトだった。デビューから5年が経っていた。
 その後、山元はタイでナパーポンとABCOのタイトルを争う。これは
WBCのアジア圏のタイトルで、山元は意気込んでいた。12ラウンドを
闘うために相当追い込んだ練習を積んできた。だが、リングでナパーポ
ンと対峙した山元は、初めて狂気を感じてしまう。

「本物のプロだと思った。身体的にも、精神的にも賭けてくる次元が違っ
ていた。」

6ラウンドTKOで敗れる。叩き潰された山元は自分自身と真剣に向き合った。
もしチャンピオンを目指すのであれば、ナパーポンのような本物の連中と闘
って勝たなければならない。ボクシングだけで生活している彼らと対峙して、
山元は賭ける想いにも、もっと上のステージがあることを知った。生活のす
べてをボクシングのためだけに捧げなければならない。その覚悟が自分に持
てるのか。彼は闘うことを選んだ。

「本当の強さが欲しいんです。自分の中に真の強さが欲しいんです。だから
ボクシングを続けてる。」

 山元は厳しい練習でも、一進一退のギリギリの試合で極限に追い込まれる時
でも、もうダメかとついに心が折れそうになった時、不意に、ごく自然に、愛
する人のことが脳裏に浮かんでくるのだという。

「こんなにも自分を応援してくれている人を、俺はどうしても裏切れない。」

転がり落ちる一歩手前で、山元の魂に何かが宿る。本当の自分は弱い。でも、
たからこそ愛する人のために踏み留まって命がけで闘う。これはある意味で
「優しさ」と言っていい。一見すると戦うことにマイナスの要素になりうる
「優しさ」が彼の潜在的な強さを引き出している。愛する人と一心同体で闘う。
そうすることで、幼い頃に欠落した「飢え」みたいなものを、埋めようとして
いるのだ。

 山元はトランクスに亡くなった彼女の名字を刻んだ。未練があるという意味
ではない。あくまでも前を向いて生きていくために。短くとも彼女の生きた人
生を肯定してあげたいから。身を削って尽くしてくれたことを意味のあるもの
に変えるためにも、山元は王座を目指す。

「俺、必ずチャンピオンになるからね」

ある日、山元は食事や身の回りの世話をしてくれる彼女に、感謝の意味も込め
て約束をしたことがあった。すると彼女から想いもよらない返事が返ってきた。
それは山元の欠落した「何か」を優しく埋めてくれる言葉だった。

「どうでもいいの。ボクシングしてるから好きになったんじゃないから。」

 いつかボクシングを終えた時、精一杯闘って生きてきたことを彼女の墓前で
報告したいのだという。
 チャンピオンになっても。なれなくても。
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by officemigi | 2013-07-03 09:51 | BAD LOSER | Comments(0)

BAD LOSER 崖っぷちのギャンブラー

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 男は言った。

「俺、違法カジノでファイトマネーの200万全部擦って、地方に逃げたんです。その前にも友人とか欺いて全部で1000万の借金してて。全部ギャンブルでした。19の時、ばあちゃんが教えてくれたんです」

 小学生の極真空手の王者で、プロデビューは1998年、ヨネクラジムから。殺るか殺られるかのファイトでB級、A級トーナメントを制した元日本Sフェザー級のランキングボクサー。男は小澤大将という。彼は瞬きせずに真っ直ぐこちらを見据えながら続けた。

「4回戦の頃は喧嘩の延長でした。俺の力を示してやるっていう。ボクシング、なめてた。不良ボクサーとかいわれてたけど、坊ちゃんボクサーでしたね。後援会もあって喰うための仕事をしなくてもよくって、練習はしてたけど、あとは遊び惚けた。ギャンブルにハマって1日で400万儲けて、狂ったように豪遊して1週間で使い切ったり。儲けた金は全部使切りゃなきゃ気が済まなかったんです。試合2日前にも行ったこともありました。賭け事って、緊張して集中するから減量の空腹感がごまかせるんです。計量前日までタバコも吸ってましたね。俺、才能あるって言われ続けたけど、こんなんじゃチャンピオンなれるはずがないですよね。」

 小澤は真剣にボクシングに取り組んだことがなかった。ある意味、才能だけで勝ってきた。様々なことがあり小澤は2階級制覇の戸高会長と巡り会う。

「初めて戸高会長と会った時、あの瞬きしない目で見るんです。正直えぐられてるって、怖くて会長の目見れなかったです。世界チャンピオンとしてはもちろんですけど、人間として尊敬してます。会長に心を寄せてからやっと解ったんです。会長の凄とかかっこよさとか。人生で初めてこの人についていきたいと思いました。会長は言葉じゃなく、後ろ姿で示してくれるんです。俺もそういう男になりたいんです。俺、口ばっかりだったから。言葉じゃなくて行動で示したいです。もう調子いい言葉はいらないと思ってるんで」

 小澤は最近まで半年間ジムを離れた。
 しかし、それは今までの逃げとは違い、徹底して自分と向き合っていた。
 解体の仕事をしながらもロードワークは欠かさず、今までになかったぐらい身体を鍛え抜いた。ハードなトレーニングをしながら散々だった過去を振り返り、本当に求めているものを時間をかけて確認していった。精神的に苦しい日々だったが、導かれるようにひとつの答えに辿り着く。

「今回が最後だなって思うんですよ、運まかせの人生も。ボクシングが生きるパワーを与えてくれてるんです。ボクシングやってるっていうより、やらされてるって感じがするんです。なんていうか、見えない何かに動かされてるような。だからここで最後に真剣にボクシングやってチャンピオンにならなくちゃいけないなって思うんです。俺が裏切った仲間たちのためにも。連絡とれなくなってしまた母も、チャンピオンになったらきっとみつけてくれると思うんです。頂点に立つことで自分のやってきたことを清算したい。ボクシングが自分の人生を救ってくれるって解っるんで。もう気持ちは東南アジアのボクサーくらいにハングリーですよ。もうただ単にのうのうとボクシングだけやってるお坊ちゃんとは違うんで。」

 小澤の生い立ちは多くの悲しみに溢れていた。
 小さい頃、母親の記憶もほとんどなかった。
 仲間を家族のように思ってしまうのも、ギャンブルに身を投じてしまったのも、良くも悪くも枠にとらわれず本能のままに生きたのは、それを振り払うためだったのかもしれない。
 多くを失った小澤にはボクシングだけが残されていた。
 喜びも、悲しみも、失敗も、常にギリギリで走り続けた男は、本物の「賭け」に出る。

「俺、本質はギャンブラーなんですよ。絶対に辞められない。ただお金とか、そいういものにはもう賭けないですよ。崖っぷちにいる自分を徹底的に磨いて、ボクシンに、その先の人生にすべてを賭けたい。それが最高のギャンブルだとやっとわかったから。」
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by officemigi | 2013-06-18 10:03 | BAD LOSER | Comments(0)

BAD LOSER   時間(とき)が動き出すまで

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光矢について、思い出すことがある。
 まだ4回戦の頃だ。判定勝ちだったにもかかわらず、悔しさと情けなさ
のあまり、控え室で泣きじゃくっていたことがあった。そんな選手はあま
り見かけたことがなかった。普通ならば、反省することがあるにせよ、勝
って生き残ったことに安堵するものだが、光矢は違った。わんわん泣きな
がら、声にならない声で、自分に言い聞かせるようにこんなことを言って
いた。
「すいません。こんな試合では上にけないです。次は必ずいい試合をしま
す。」
 
 2006年、東日本新人王決勝。
 入場時にそれぞれの選手の決勝に対するコメントがアナウンスされた。
すべての選手が勝って「新人王になります」という月並みな言葉を口にし
たが、光矢だけが「世界チャンピオンになります」と堂々と言い切ってい
た。

大村光矢。日本スーパー・フェザー級9位。
23戦16勝(12KO)6敗1分。

 光矢のファイトはスリリングで勝つにしろ、負けるにしろ、ボクシングの
本質を伝えてくれる。リングで光矢は下がるということをしない。拳に狂
気を宿らせて、恐れることなく打ち込んでいく。決して器用なボクサーで
はない。勝負に賭ける気持ちが強すぎて空回りし、前のめりになりながら
も飽くなき前進を続け、死んでも構わないといういような闘いっぷりは、
観る者に彼の意気込みがずしりと伝わってくる。だが、その姿は、独り生
き急いでいるようで切なくなる時もある。
「愛媛でヤンチャばかりやっていて、中1の頃、日に1度は喧嘩しようと
決めてました。自分からつっかかったりして。高校も16で中退してしま
いました。悪事の限りを尽くしていたから、地元では嫌われていたと思う。
落ちぶれた自分が嫌だった。だから有名になって地元に発信したかったん
です。一番強い男になってみんなを認めさせたかった」

 19才でワル仲間とは縁を切り、地元の造船所で働きながら空手道場に
通った。最初は軽い気持ちで始めたが、徹底的に打ちのめされたことでな
にかが目覚める。あいつらを絶対に打ち負かしてやる。その闘争心は光矢
の突き動かす原動力となり、強さを求めて、徹底的に自分を磨いていった。

 そして23才で上京、三迫ボクシングジムへ入門する。
 8年の歳月で23試合を闘ってきた。幾多の激闘を繰り広げてきた中で、
2年前に念願の日本タイトルマッチがあった。チャンピオンに挑む前日に
光矢のブログには、その決意がこう書かれていた。

〈俺、リングの上で死んでもいい。それぐらいのものを背負って9月4日
を迎える。東京にきて5年、上京初日にプロの方とスパーリングして、血
まみれにされたところからスタートしました。ボクシングルールでのスパ
ーなのに、自分のパンチがあたらず、歯痒くて蹴りを出して、会長にこっ
ぴどく怒られました。そしてデビュー戦、KO負け。自分の弱さに嫌気がさ
し諦めかけた時期もありました。そんな時支えてくれたのは周りの人たち
のサポートでした。本当に感謝してます。僕がベルトを獲ることで、みな
さんに少しでも恩返しできればと思います〉

 決死の覚悟で挑んだが、頂点に立つことは出来なかった。光矢はたった
ひとつの願いを勝ち取るためにリングの上で、全力で叫んでいるようだっ
た。

「みんなそうだろうけど、すべてがボクシングのためだけの日々。無様に
負けてしまい、本当に終わりにしたいと思うことは何度もありました。で
も、ボクシングを辞めてしまったら、いままで必死で生きてきたことがな
にも証明されず無くなってしまう。それだけはどうしてもできないんです」

 往生際が悪いと言えなくもない。
しかし、次の言葉は心に深く突き刺さった。

「覚悟して上京した23才の時からずっと時間が止まっているような、
そんな感覚なんです。志したあの頃のままでずっと時計が止まっている
ような。」

 31才になる男はこの8年間、焼けつくような想いで頂点だけを見据
えていた。光矢はそこに立つことで、止まっていた時間を進めたいのだ。
求め続けた人生の辻褄を合わせたいのだ。彼はいつか頂点に立った時、
一番強い男になると誓って上京した23才の自分に、感謝を込めてこう
伝えてみたいのだという。

「なぁ、俺はチャンピオンになったよ」

時間(とき)が動き出すまで、光矢は闘うのだろう。

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by officemigi | 2013-06-14 10:06 | BAD LOSER | Comments(0)

BAD LOSER 神様のテスト

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諦めてしまえば、すべてが終る。

チャンピオンになるまでに、もし神様に試されることがあるとするなら、
あとどれほどの試練を乗り越えなければならないのだろう。
 エリートという肩書きには、まるで縁のない男がいる。プロテストに
2度も落ち、4回戦で6敗を喫する苦汁をなめ続けた。無様な自分を変
えるために、独り東京へ出て追い込み、デビューから6年後にようやく
日本ランカーになる。そして栗生隆寛、松田直樹、天笠尚という一流の
チャンプたちに挑むが、挑戦は実ることはなかった。しかし、彼の闘い
は、見る者たちを必ず魅了した。そこには勝敗を越えて剥き出しになっ
た魂が、眩いほどに輝く瞬間があった。その一瞬だけはチャンピオンさ
えも凌駕していた。
トランクスに「雑草心」と刻む男は、何度踏みつぶされても、地に根を
張り、真っ直ぐに突き進もうとする。

 上野則之。30戦14勝11敗5分。
彼も多くのことを試されている人間であるに違いない。

 上野は栃木の小さなジムでボクシングを始め、19歳でデビュー。デ
ビュー戦こそKOで飾ったが、その後は1勝6敗1分で最終的には4連敗
という無様なものだった。中途半端に取り組んだでいた結果だった。み
んなからの冷めた目線を感じていた。もう、辞めようと思った。だが、
惨めなままで終わりたくなかった。どん底に突き落とされて、彼の心に
狂気が宿る。
「くそったれ、全員ぶっ潰してやる。」
結果を出せなければ、地元に帰る。後には引けない覚悟を持って22歳で
上京し、ワタナベジムへ移籍。だれかれ構わず、スパーリングに挑んで、
最後は日本チャンピオンになる強打の福原力也に倒される。
「俺は何のために東京へきてるんだ。」
悔しい時こそ、常にそう言い聞かせて己を奮い立たせた。ジムの寮にいた
上野は、中途半端にやっている練習生と喧嘩もした。夜中まで騒いでいる
連中の部屋にいって一喝したのだ。
「うるせぇ、静かにしろ!本気でやっている俺の邪魔をするな!」
そして上野は宮田トレーナーと出会い、人としても、ボクサーとしても大
きく成長してゆく。
「自分だけのためだけじゃなく、宮田さんのためにも勝ちたい。誰かのた
めにと、始めて思えたんです。」
その想いはやがて、献身的に支えてくれる妻や愛しい娘へと広がってゆく。
上野はこの頃から激しく打ち合うようになった。彼の気持ちが伝わってく
るような、人の心に強く響くファイト。そんな闘いを繰り広げながら上野
はついにランキングを手にして、これまでに4度のタイトルに挑戦した。

 2007年には、世界チャンピオンになる栗生隆寛に挑戦。2009年
には松田直樹と闘い、2Rにダウンを奪う。その後松田に反撃され、おびた
だしい出血をしながらも闘い続けるが10回TKO負け。2011年には、
宮田トレーナーについていくかたちで、RK蒲田ボクシングファミリーの柳
光和博会長のもとへ行く。
 そして2012年4月、強打を誇る天笠尚に挑んだ。試合前には以前対戦
した栗生と松田が激励に来た。特に仲が良かったわけではない。彼らは闘っ
たものにしか分からない、上野の強さを知っていたからだろう。上野は天笠
との対戦にこれまでのボクサー人生を賭けていた。しかし、あの天笠から、
キャリア初のダウンを奪うもそれまでだった。その後、9月に再びチャンス
が訪れる。東洋太平洋タイトルマッチ。上野が勝っていたとい見方が多かっ
たのは事実だか、敵地大阪の試合でドローの判定。上野は負けら引退するつ
もりだった。

 12年間闘ってきて、上野はまだ何も手に出来ていない。

 諦めてしまえば、すべてが終る。

たとえば上野が神様に試されているのだとしたら、それは一体何故なのだろ
うと思う。ここまでの思いをして、いつか頂点に辿り着けることが出来たの
なら、それは多くの人たちに勇気や希望を与えることになるだろう。泥臭く
生きてきた「雑草心」を証明することが、上野自身に与えられたの役目のは
ずだ。もし次のチャンスが来た時は、上野は絶対にチャンピオンにならなけ
ればならない。肉を切られて骨を断つような、上野のファイトに魅せられた
人は多い。彼のファンだと言い切る柳光会長や、宮田トレーナー。そして、
ボクシングを始めた頃から見守り続け、ずっと側で支え続けてくれた妻のた
めにも。

 昨年の東洋タイトルマッチの翌日、憔悴しきっていた上野のもとに、妻か
らの電話があった。試合のことは一切ふれずに、上野の闘いを見た両親と大
阪観光をしたことを告げ、最後にこう言った。

「新しい練習着を買ったからね。じゃあね。」
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by officemigi | 2013-06-13 19:40 | BAD LOSER | Comments(0)

今日

あわててホールに駆けつける。

光の矢って書いてミツヤ。
大村光矢。
初めて聞いた時、なんていい名前なんだろうと思いました。
名は体を表すっていうけど本当だな。
いつもハラハラさせるけど、逆転して倒し返す。
光の矢。
気持ちの入りすぎた、生き急ぐようなボクシング。
この試合に勝てば夢にまでみたチャンピオンっていう場所まであと少しだったど、
今日は残念な結果になってしまった。

光矢のボクシングは多くの人の心を打つけど、
一番のファンは母親なんだろうな、と思う。
いつも愛媛から駆けつける。
すこし遠目の席から光矢が入場する時に一生懸命写真撮ってた。
きっと祈るような想いで。
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by officemigi | 2012-04-10 02:15 | BAD LOSER | Comments(0)