【オフィスミギ】晴れ男なものですから

大嶋宏成

  大嶋宏成と関わりを持たせて頂くようになったのは、2000年の日本王者リック吉村戦前からだった。
無敗で日本ライト級1位まで駆け上り、人気絶頂の頃だった。毎日のようにテレビ、雑誌の取材が続き練習に集中できず大嶋自身は内心うんざりしていたかもしれない。

  今でも大嶋宏成といえば、刺青を消してヤクザからボクサーになったということを覚えている人は多い。
彼が元暴力団構成員という他のボクサーにはない背景がマスコミを通して彼を有名にさせたと思う人がいると思う。
 だが、大嶋宏成の本当の価値というのは、世間の偏見や潜在的な差別の中から、人として生きる道を切り開いていったということにあると思う。

 ちゃんと考えてみればそれはすぐに分かる。
本来ボクシングジムは誰でも入れるものだが、彼の背景を受け入れて貰えるジムなどなかった。ジムに限らず、社会全体がそうなのだ。
そこから始めなければならない。過去にも志した人はいたはずだが、誰もプロボクサーになれた者はいないのだ。
様々なことを克服して、なんとかリングに上がれたとしても、デビュー戦で負けていたとしたら、あるいは、つまらない試合をしていたとしたら、やっぱりヤクザものなんか無理なんだよと世間から白い目で見られ叩かれていたはずだと思う。

  そういう目に見えないハンデを大嶋は自ら背負い、鬼気迫る狂気を持ってリングに上がっていった。
あの鋭い眼光と強烈な存在感は当時も今も大嶋以外見当たらないように思う。
それはかつて大嶋が暴力団構成員だったからではない。
彼は「生きる」ためにボクシングを選び、必死だっただけだ。
その姿を見て人は何かを感じ、大嶋宏成に世間の注目が集まっていった。

  大嶋のボクサーの晩年は満身創痍であったのを私は知っている。
彼に夢を乗せていた人はたくさんいた。確かに、3度のタイトル挑戦は実らなかった。

  だが、時が経った今、大嶋が残した価値を想う。
  こんな話がある。リック吉村戦後の試合だと思う。私は大嶋の試合のポスターを私の友人に送った。
今、大嶋宏成を撮っていることを伝えたかったからだ。
友人は居酒屋で誇らしげにそのポスターを仕事の同僚に見せて盛り上がっていた。
するとその店で呑んでいたひとりの男性が、私の友人のところに来て、そのポスターを譲ってくれといって聞かないのだという。
1枚しかなかったが、あまりの真摯さに圧倒されて、友人は大嶋のポスターを譲ることにした。
男性の眼には涙が滲んでいたという。想像するに、その男性も様々な境遇を生きてきたのではないかと思う。

大嶋宏成は底辺でもがきながらひっそりと生きている人たちにとっての希望だったのだ。
彼がボクサーとして生きた意味は求め続けたチャンピオンという肩書きではなく、こんな人たちのためにあったのではないだろうか。
  だから私は写真を撮ることで大嶋宏成と一緒に並走させてもらったことを誇りに思うのだ。

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by officemigi | 2016-02-24 00:24 | 林建次の日々 | Comments(0)
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