【オフィスミギ】晴れ男なものですから

当たり前の風景

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 徹底した信念がある。
 常に強者を求めて勝負を挑み、そして勝つこと。そうした激闘を繰り広げ、生き残った者がチャンピオンという唯一無二の聖域に到達できる。ボクサーは孤高に挑んでいく存在のはずだ。リングの外のくだらない駆け引きや言い訳、強い相手から逃げて、勝てる相手を選ぶなど論外だ。ボシンングだけは、厳しくとも純粋で美しい世界であって欲しい。

  2010年2月23日。後楽園ホールの観客は、信じられない光景を前に騒然としていた。初の8回戦だというSバンタム級の無名のボクサーが、4階級も上の実力者、日本Sライト級3位の方波見吉隆(伴流)に勝ったのだ。しかも、6Rにダウンも奪っての勝利だった。常識を逸脱したマッチメークは、その無名のボクサーが望んだのだという。おそらくホールにいたすべての人間が、無様に倒されるであろう彼の姿を想像したに違いない。しかし、荒井遼晴だけは恐怖と向き合いながらも、己の勝利を信じて疑わなかった。

 天涯孤独。幼い頃から社会の底辺をもがきなら漂流を続け、寂しさに震えながら堪えてきた。生まれ育った故郷と呼べるものはなく、常に見知らぬ家庭を転々と預けられてきた。その扱いはまだ小学生にもならない小さな子供には、辛すぎるものだった。

「あんた、いつまでいるもりなのよ」

人間の冷たさと、言いようのない孤独感を肌で感じていた。異国で過ごした時期もあった。言葉も分からず日本人ということで、いじめられもした。荒井はわずか八歳で、ほとんど面識もない母に捨てられるかたちで日本に戻り、父と名乗るヤクザな男が待つ北海道へひとりで向う。そして、連れて行かれた先は富良野の養護施設だった。ようやく人並みの生活が出来るのではないかと安堵したが、凄まじいリンチにあった。それでもこれまでの生活に比べれば、ひとりよりはマシだと思った。しかし、数年を過ごすうちに、この施設もまともな環境ではないと冷静になって感じている自分がいた。

十三歳の頃、先輩からのリンチは度を超えていた。荒井の尖った生意気さもあったのだろう。だが、彼は決して施設の先生に告げ口をすることは無かった。それを言ってしまったら負けだ、助けを求めるものではない。厳しい環境で生きてきた荒井は、自然と己というものを持っていた。だが、この頃から荒井は、世の中の理不尽さや、これまでの運命に噛みつくかのように暴走し、結果、十五歳で少年院に送致され、そこで一年間を過ごす。出所後もシンナー、クスリ、悪事の限りを尽くして再び漂流する。それが不幸とも思わず、生きるということは、そういうものなんだと思っていた。

「はみ出しものだった父親はもう死んでると思います。最後にあった時に直感でそう感じました。母親はどこかで生きていると思う。」

 しかし、荒井の人生が十八歳で大きく展開し始める。その当時に出会った彼女が、荒井を泥沼から救い出す。まず、シンナーを辞めるよう促し、さらに、住むところを失ってしまった荒井を、自分の両親に引き合わせ実家に住まわせた。こんな自分を受け入れてくれることなど、生まれて初めての経験だった。彼は本当の人間の暖かい愛情を知るとになる。そして荒井はボクシングと出会い、これまでに溜まった毒を一気に浄化させ、この競技の怖さを体現しながらも、徹底して己を高めてゆく。

「彼女には、本当に感謝してます。子供もできたけど、ボクシングが優先で、結局、結婚して一年で別れてしまった。申し訳なさも、悔いもある。だけど、独りきりになっても、ボクシングはどうしても辞めめるつもりはない。俺は最低な奴だと思う。」

 離婚してしまったのは、まだ二十歳という未熟さもあったかもしれない。だが、本能的にボクシングを優先してしまったことには理由があるはずだ。荒井は八回戦以降、常に強敵に挑んできた。これは、ボクサーを志した時からの信念だった。無謀といえる相手を選び続けたのはなぜだろう。

 ボクシングという聖域。強いもの同士が逃げずに真っ向勝負すること。

「なぁ、そんなことは、当たり前じゃないか。」

 彼はそう叫んでいるように感じる。
 当たり前のこと。この世に生を受けた時から、荒井の人生には、当たり前の風景などひとつもなかった。彼はこれまで味わってきた数多くの苦渋の体験を、“そうじゃねぇだろ、今に見ていろ”と身を削って世間に示そうとしているのではないのだろうか。だとすれば、彼がリスクを犯して闘う本当の理由が、痛いほど理解できるはずだ。荒井は世の中の理不尽なことや不条理に対して、ボクシングという媒体を使って命がけの闘いに挑んでいるのだ。嘘も、ごまかしも、汚さもすべて飲み込んで、それを遥かに超えた価値あるチャンピオンという聖域に到達したい。それこそが、これまでの運命に対してのリベンジになるのだ。

 そして、そんな身勝手な生き様を見守ってくれる人たちがいるのを、彼は知っている。今度の試合に、別れた妻と息子が応援にくるのだという。おそらく荒井遼晴は、己の闘う姿を示すだけなのだろう。ボクサーで在り続ける限り。
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by officemigi | 2013-12-11 09:33 | BAD LOSER | Comments(0)
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