【オフィスミギ】晴れ男なものですから

BAD LOSER 優しさの向こう側

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「俺はチャンピオンになりたいんです」
ランキングから滑り落ちた男の言葉だった。
無様な試合だった。大切な人を事故で亡くしてしまった後での初めて
のリングだった。勝負の世界では、それすらも言い訳にしかならない
ことを男は十分理解していた。

山元浩嗣 24戦15勝(2KO)7敗2分  元日本Sフェザー級6位

 山元は3歳の時、父を病気で亡くなってしまい、母の手で育てられ
た。兄弟のいない彼は、独りでいることが当たり前だった。自分を育
てるために母が必死で働いているのを知っていたので、何か物ををね
だるということもしなかった。山元は忙しかった母に甘えた記憶がな
かった。今思い返せば、愛情というものに「飢え」みたいなものがあ
ったのだという。ただ、寂しかった。
 その反動なのか、気の強さは人一倍だった。そう簡単に自分の意思
は曲げない。山元は小学校3年から空手を始め、高校まで続けた。腕
っ節に自身があった。そして大学在学中にボクシングを始め2005年
にデビューする。初戦こそKO勝利だったがその後2連敗。順風満帆の
ボクシング人生ではなかった。これで辞めたら人生に負けたと言って
るようなのもだった。山元は与えられた試合に挑んでいく。勝ち負け
を繰り返しながらA級ボクサーとなり、2010年、ハードパンチャーの
小澤大将と闘い、ついにランキングを手にする。小澤の勝ちは間違い
ないと見られていた試合に、山元は噛みついた。これまでのベストバ
ウトだった。デビューから5年が経っていた。
 その後、山元はタイでナパーポンとABCOのタイトルを争う。これは
WBCのアジア圏のタイトルで、山元は意気込んでいた。12ラウンドを
闘うために相当追い込んだ練習を積んできた。だが、リングでナパーポ
ンと対峙した山元は、初めて狂気を感じてしまう。

「本物のプロだと思った。身体的にも、精神的にも賭けてくる次元が違っ
ていた。」

6ラウンドTKOで敗れる。叩き潰された山元は自分自身と真剣に向き合った。
もしチャンピオンを目指すのであれば、ナパーポンのような本物の連中と闘
って勝たなければならない。ボクシングだけで生活している彼らと対峙して、
山元は賭ける想いにも、もっと上のステージがあることを知った。生活のす
べてをボクシングのためだけに捧げなければならない。その覚悟が自分に持
てるのか。彼は闘うことを選んだ。

「本当の強さが欲しいんです。自分の中に真の強さが欲しいんです。だから
ボクシングを続けてる。」

 山元は厳しい練習でも、一進一退のギリギリの試合で極限に追い込まれる時
でも、もうダメかとついに心が折れそうになった時、不意に、ごく自然に、愛
する人のことが脳裏に浮かんでくるのだという。

「こんなにも自分を応援してくれている人を、俺はどうしても裏切れない。」

転がり落ちる一歩手前で、山元の魂に何かが宿る。本当の自分は弱い。でも、
たからこそ愛する人のために踏み留まって命がけで闘う。これはある意味で
「優しさ」と言っていい。一見すると戦うことにマイナスの要素になりうる
「優しさ」が彼の潜在的な強さを引き出している。愛する人と一心同体で闘う。
そうすることで、幼い頃に欠落した「飢え」みたいなものを、埋めようとして
いるのだ。

 山元はトランクスに亡くなった彼女の名字を刻んだ。未練があるという意味
ではない。あくまでも前を向いて生きていくために。短くとも彼女の生きた人
生を肯定してあげたいから。身を削って尽くしてくれたことを意味のあるもの
に変えるためにも、山元は王座を目指す。

「俺、必ずチャンピオンになるからね」

ある日、山元は食事や身の回りの世話をしてくれる彼女に、感謝の意味も込め
て約束をしたことがあった。すると彼女から想いもよらない返事が返ってきた。
それは山元の欠落した「何か」を優しく埋めてくれる言葉だった。

「どうでもいいの。ボクシングしてるから好きになったんじゃないから。」

 いつかボクシングを終えた時、精一杯闘って生きてきたことを彼女の墓前で
報告したいのだという。
 チャンピオンになっても。なれなくても。
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by officemigi | 2013-07-03 09:51 | BAD LOSER | Comments(0)
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