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【オフィスミギ】晴れ男なものですから

ニッポンタカイネ

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大好きな写真集がある。

ニッポンタカイネ  吉永マサユキ

90年代の日本に出稼ぎで来ている外国人を撮った写真集。
廃刊になってプレミアつくほどの人気のある本だったが、2010年に復刊。

吉永さんと初めてお会いしたのはもう十数年前。写真展のレセプションだったり、出版社の編集部だったり、その都度ご挨拶させて頂いた。

ある時、後楽園ホールの通路で吉永さんに一喝されたことがあった。

「君はクスリでもやっているのか。」

当時の自分は、まだまだ身体の痛みも激しく、また体力もなく、目つきも悪かったかもしれない。カメラバッグを担いでホールに来るだけで、殆どの体力を消耗していた。そこまでの想いで撮っているという思い込みが、自分は他とは撮るものが違うのだという、他者と比較していて、慢心していたところがあった。ようするに生意気だった。ちょっとした行き違いはあったにせよ、当時の自分はしかられるに値すると思った。吉永さんのあまりの凄みに、これはたたじゃすまないなと思ったが、不思議なことにこの人にはもう、やられるだけやられてしまおうと思った。(実際は説教で終わる)

この件をきっかけに、吉永さんにはいろんなところで本当に良くして頂いた。ことあるごとに呼んで頂いては様々な方々を紹介して頂いた。それは自分ばかりではく、多くの人たちに対して吉永さんはいつも平等に接している。正すべきは、正し、褒めるべきは、褒める。

吉永さんは大阪の十三の出身で、自身も様々な生い立ちから、いろんな人間を見てきていた。そういった厳しい現実を知っていたからこそ、「ニッポンタカイネ」のような表現ができるのだと思う。

あれこれいうより、あとがきから少しだけ抜粋させていただきます。

「当時のアジアンパワーは凄まじく、政治的理由で日本に来ている人もおったやろうけど、殆どの人が経済的理由で日本へ出稼ぎに来ていて、見知らぬ土地で、聞き慣れない言葉で不安渦巻き、劣悪な労働条件のもとに働いていた人がほとんどやったろうに、それに伴う悲壮感は微塵もなく、却って、他国である日本で、自己のアイデンティティを守る為なのか、自己の存在証明を得る為なのか、ぶっちゃけ自分が自分らしくある為であろう、自国の祭りや風習を持ち込んで、それがやけに楽しそうで、溌刺としているのである。ひょとしたら、そうやって年に数度の不特定多数の集いに身を置いて、たくさんの同状況の人々を見て、知り合うことで安心し,自身を取り戻していたのかもしれない。10年前とは違い、現在の日本は不況のまっただ中で、自殺者は年々増加し、わけのわかんない犯罪が増えている。なんだか変な雰囲気になれば人々は落ち込み、暗~い悲壮感が滲み出て漂ってくる。そんな時こそ、拙著を見て、アジアンパワーのたくましさや、愚直なまでのわけのわかんない陽気さや、なんとかなるさという図太いまでのいい加減さを見て感じとって欲しい。実践できればなおよいと思います。なんてったって我々もここに写っている人々同様アジア人なんですから。(ニッポンタカイネあとがきより)」

 吉永さんは日本での評価はもちろんだが、海外での評価も高い。人間としての大きさ、愛情や正直さ、そういうものが常に根底にあって生き様そのものが写真になってるような。それゆえに己に厳しい。

ニッポンタカイネ

ページをめくる度に、楽しくなるのと、そして何故だか涙腺が緩くなるのである。
吉永さんの視線のやさしさがそうさせるのかもしれない。
以前、何気ない会話の中で、吉永さんのこんな一言が印象に残る。

「みんな同じ人間なんだから。」

写真作家を志す人には是非みて欲しい作品ですね。


2008年 吉永さんのNYでの写真展の様子



by officemigi | 2013-06-12 18:49 | 林建次の日々 | Comments(0)
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