【オフィスミギ】晴れ男なものですから

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島瀬信利 SHIMASE Nobutoshi SB/LB 東京都立石神井

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 2012年の秋季リーグ戦が開幕した。
1部リーグを目指すチームは初戦を迎え、程よい
緊張感に包まれていた。これが最後のシーズンと
なる4年生の島瀬信利は、張り裂けそうなくらい
に緊張していた。うまくプレー出来るのか、不安
が気持ちを支配していた。島瀬はこれまでを振り
返って、ようやくここまで辿り着いたとう感慨が
あった。入部してから3年以上ずっとケガの連続
で、そのほとんどが手術やリハビリに費やされて
いた。彼は、選手として初めての試合を迎えよう
としていた。やっとフィールドに立つことが出来
る。何よりも、望み続けたことだった。
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 島瀬は一般入試で駒澤に入学した。高校時代に
バンドに熱中していたが、大学では何をしようか、
まだ決めてなかった。都立石神井高校でラクビー
をやっていた島瀬は、駒澤大学のアメフト部にラ
クビー部の先輩がいたことを知った。先輩の熱心
な勧誘に島瀬は、断るよりは入部した方がた楽だ
と思ってアメフトを始めた。高校時代やっていた
ラクビーもケガの連続で鼻で陥没骨折を2回した
り、両足の靭帯を切ったりと大変な目に遭ってい
た。実際にプレーできたのは1年半だった。しか
し、大学で島瀬はさらにきつい思いをすることに
なってしまう。

 1年生の10月の練習中だった。島瀬はパスを取
って、初めてのタッチダウンを決めた。気を緩め
たその時、強烈なタックルを貰った。大怪我だっ
た。島瀬の右肩は、あらぬ方向へ曲がってしまっ
た。強い痛みを感じた。だが、島瀬は痛みに対し
て、かなり免疫があった。本来スポーツはそいう
ことがあって当たり前で、これくらいはみんな我
慢するものだろうと思った。いいのか悪いのか判
断出来ないが、ここが島瀬の不思議な魅力でもあ
った。次の日も痛みを堪えて、練習に行ったとこ
ろ、チームメイトに言われた。

「なんか、肩がへこんでるよ」

 よく見るとあきらかに陥没していた。病院でレ
ントゲンをとったら、脱臼と靭帯損傷と骨折とい
う最悪な状態だった。気落ちはしたが、なってし
まったことはしょうがないと気持ちを入れ替える
ことが出来た。独特な考えを持つ島瀬は、放って
おけば治るだろうと思い、そのままにしていたが、
それでは治るはずもなく、翌年の2月になってよ
うやく手術をした。島瀬にとってこの1年は、つ
らい思い出しかなかった。
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 手術後、練習も出来ずに悶々としていた島瀬は、
信じられないくらいの有名なバンドからメンバー
にならないかという誘いが来た。それは70年代に
活躍した、イギリスの「レイプド」というパンク
バンドだった。ひょんなことから来た話だったが、
そうそうあるチャンスではない。アメフトをやめ
てバンドをやろうか。

「一度部活に入ったら、辞めるもんじゃない。最
後までやり切るのが当たり前だと思う。」

 そう言い続けていた島瀬の気持ちが始めて揺ら
いだ。怪我もあって迷っていることを、新倉監督
に相談した。思わぬ答えが返ってきた。

「チームとしては残念だが、プロのバンドに行く
べきだ。そんなチャンスはない。アメフトでいう
なら、認められてNFLに行くようなことだから。」

 新倉監督は、快く送り出そうとしてくれた。
それは、島瀬にとって衝撃だった。

「こんな自分を応援してくれる人を、裏切っては
いけない。」

 初めて、監督へ尊敬の念が生まれた。自分のこ
とより、新倉監督のために頑張りたい。そして、
チームに貢献したい。島瀬は、アメフトを続ける
ことを強く決心した。
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 しかし、島瀬の試練はまだ続く。2011年、2
年生だった11月、ようやく復活したかと思った矢
先、再び両足の靭帯が切れかかり、歩くのも困難
な状況になる。チームをサポートしながら辛抱し
て年を越し、翌2012年2月から再び練習に参加
するが、3年生となった 4月になって、タック
ル練習で頸椎を痛めてしまう。頸椎は神経層があ
り激しい頭痛も伴った。コルセットを首に撒き、
とにかく動かず、安静にしながら時を待った。そ
して10月に復活をするが、今度はまた練習中で左
手の親指を粉砕骨折してしまう。チームのサポー
トを続けながら4年生となり、2012年4月に練
習に合流するが、そこで信じられないことに、百
日咳という病気にかかってしまう。咳が止まらず、
血を吐き苦しんで1ヶ月間チームから完全に離れ
た。

怪我のオンパレードで、とどめが病気だ。永遠に
アメフトは出来ないんじゃないか。いくら島瀬で
も、今回はさすがに参っていた。だが、5月から
は、今までのことが嘘のように、何事も起こらな
かった。島瀬は練習に集中した。とにかく必死だ
った。同期はもう4年目の実力があったが、島瀬
はいってみれば1年生と同じ経験値しか持ってい
なかった。スターターなんてとても無理だろう。
ワンポイントのポジションでもいいから、試合に
出て、チームに貢献したかった。島瀬は厳しい夏
の練習を乗り切り、初めて選手としてリーグ戦を
迎えた。

 緊張で何が何だか分からないうちに、試合は終
わった。とりあえず、チームが勝利していたこと
に安堵した。島瀬は怪我をした選手の代わりに出
場したのだが、今まで外から見てきた感覚と、実
際にフィールドに出て戦った感覚のズレは大きか
った。それを埋めるために、もっとアメフトを理
解しなければならないし、練習もしなければなら
ない。
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 島瀬は試合を重ねるたびに、プレーの精度を上
げていった。いままで何もできなかたことを晴ら
すかのように、フィールドを走り回った。チーム
は連勝を重ねて、リーグ戦を制し2部優勝を飾っ
た。チームの目標であった1部リーグ昇格は、入
れ替え戦に勝つことで果たすことが出来る。密度
の濃い7試合を経験した島瀬は、急激に成長し、
選手として最高の状態となっていた。

 そして、チームは上智戦を迎えた。そこでは、
イメージしていたゲーム展開にはならなかった。
上智は足が速くて、ヒットの強い選手が多かっ
た。点差が開いていく中で、島瀬は勝利が遠の
いていくことを感じていた。それでも、精一杯、
闘うしかなかった。試合後に涙した島瀬は、悔
しさを露にし、やはり勝って終わりたかったと
言っていた。そこには尊敬する新倉監督と後輩
たちに対して、申し訳ないという思いがあった。
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 数日後、島瀬は全てが終わって安堵していた。

「もう誰かと争わなくていいんだ。レギュラー
争いだったり、対戦相手だったり。好きな本を
読んで、映画を見て、音楽を聞いて。もともと、
そういうことが好きなんです。」

 3年間は地獄を味わったが、最後の1年は充実
した日々を過ごした。この4年間で得られたもの
はあるか、との問いに島瀬は、少し考えてから、
ためらくことなく素直に答えた。

「カタチになるものはないです。何か思い浮かぶ
ものもないんです。ただこれから生きていく中で、
アメフトをやっていてよかったと思えることがあ
るんじゃないでしょうか。続けてきたからこそ、
知らずに強くなっている自分に気付くことが出
来たんです。」
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 島瀬は、自分のためにアメフトをやってきたと
いう感覚はなかった。なにより、熱い思いをもっ
て、自ら望んでチームに入ったわけではなかった。
ただ、入ったからには、最後までやり抜くものだ
という絶対的な信条があった。それは古風なとこ
ろを持ち合わせている、島瀬独特の個性だった。
満身創痍の身体でも、それに耐えうる精神と身体
を持ち合わせていた。そして、新倉監督の男気に
惚れ込んだからこそ、何度も大怪我をしていても、
続けてこられた。

 島瀬信利は、自分のことよりも、尊敬する人の
もとで生きることで、忍耐を養い、その潜在能力
を発揮してきた。まるで、君主に使えるサムライ
のような。

「あんなに試合に出れるなんて思ってなかった。
一番嬉しかったのは、最後の試合で、スターター
に選ばれたことです。誇りです。本当に嬉しかっ
た。」

 怪我だらけの男は、胸を張って言い切った。
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by officemigi | 2013-05-15 07:58 | アメフト | Comments(1)
Commented by ALESSI腕時計シリーズ at 2013-10-12 21:58 x
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