【オフィスミギ】晴れ男なものですから

ゴッホ展

僕はたまに夜遅くまで呑んでタクシーで帰るはめになると、
運転手さんとやや強引に雑談を楽しむ。
出身はどだの、家族の話とか、
お正月のすごし方とか、しょうもないこと聞きまくる。

運ちゃんは世の中の景気に敏感だ。
いやはや景気は最悪だのと話すうちに、
現実逃避のようにバブル時代のおとぎ話になる。
いや~こんなに給料もらってもいいんかいなぁ~とか
家も買えたし、豪華なヨットも買っただのと、
目を細めておっしゃります。

僕がまだ右も左もわからないロケアシだった頃、
バブルの恩恵を受けていたカメラマンさんと話してたりすると、
たったワンカット百万円っていうよだれの出るような話も聞いた。

伊豆とかで撮影すればいいものを、わざわざ海外でロケしたりとか。
金なんざいくらでもだせますっていうような。

当時のカメラマンさんが確かこんなことを言っいた。

「こんなおかしなことがいつまでも続くはずがない。
いつか、まずいことになると思う。
みんな、そう思ってても、誰も辞めようとはしない。
稼ぐだけ稼げって。」

そんな調子だから、あの時代、皆が浮き足立ってたっていう。

とある企業の会長さんだか社長さんだかは、
ゴッホの作品を百数十億円という信じられない金額で落札。
それはルールで買ったんだからいいんだろうけど、
自分が死んだら一緒に埋葬してくれとか、
わけのわからんこといってしまい
世界中から大ひんしゅくを買った。

その人は真にゴッホを理解し、
その作品を心から愛したかは大いに疑問だ。

単にマネーゲームだったのかといわれても仕方ない。

とはいえ当時の若くて無知な僕はといえば、
ゴッホが有名な画家だとは知っていたけれど、
何がすごく、素晴らしいのかなどサッパリわからなかった。

写真なんぞはじめたにしても、
絵画など芸術というものには正直理解に苦しんだ。

知っていたことは、彼は生前、たった1枚の作品しか売れなかったこと。
そして、精神を犯され貧困を極めながらも、描くことを止めず、
おそらくは発作的に自殺してこの世を去ったことぐらいだった。

そんな時、テレビのニュースにちょっとした衝撃を受けた。

今は新宿西口から都庁へ向かうきれいな歩道があるけれど、
かつてそこはホームレスの段ボールハウスが密集していた。

段ボール村と言っていたのだろうか。

人生の転落を続けて、辿り着いた彼らの雨露しのげる唯一の場所が、
西口クリーン作戦という、お上の大義名分で強制撤去されるという。
それで、そこに住む方々の短いテレビ取材番組があった。

その中の一人、初老の男性が、彼の狭い畳1畳ぐらいの段ボールの部屋で
インタビューされていた。

わりとこぎれいな服装だったと思うが、
顔は垢まみれなのか、日焼けしたように黒く、
やはり、全身からその厳しい生活を漂わせていた。

けれどなぜか終始やさしい笑顔で、
目がやたら奇麗で澄んでいたのが印象的だった。

そんな彼がみすぼらしい部屋の角から大事そうに抱えて見せてくれたのが、
豪華なゴッホの画集だったのだ。

とても大事に扱っているようで、
何冊かあったように記憶している。

「これがね、宝物なんです」

シンプルにこんなことを言ってたと思う。

そしてゴッホの画集をじっとみつめている。
なんとも言えない深い表情だった。

それは、悲しみとか我が身の不幸を感じさせるものではなかったように思う。

多分、立派な画集だったから、
売ってしまえばなにかしらの苦しい生活の足しにはなるはずだ。

けれど、それは断じてしないと言っていた。

僕はその初老の男性に、凛とした美しさのようなものを感じてしまった。

彼にとってその大事な画集は、
あるいはゴッホそのものが彼の命の一部のように思えた。

多分、あの落札した方よりも、
彼のほうが遥かにゴッホを理解し、深く愛しているような気がした。

この厳しい状況においても、
いや、だからこそなのかもしれないが、
ここまで人の心の深いところに存在するゴッホとは一体なんなのだろう。

当時の僕は、ぼんやりとそんなことを思った。


そして〜ではあるが
先日、新国立美術館へ行った。

ゴッホ展。


一瞬で圧倒され、
呑み込まれた。

絵画でこんな衝撃は初めてといっていいだろう。

これだけのものなら、逆に嫌いって人もいるかもしれない。

僕の感じ方だという前提だけど、
精神を、命を削って描くとはこのことかと思った。

色彩など美しいものもある。
けど、奇麗、美しい、絵画のそういうのもをはるかに
超越してしまったエネルギーの塊のようだった。

正直、ビリビリするくらいの寒気を感じた。

ギャンバスにその魂を真正面からなするつけている感じ。

初期の作品と晩年の作品では、
作風はまるでちがうし、精神を病んでいたにしろ、
根底にあるゴッホの核みたいなものは、
はまったく同じでブレがないと思った。

社会とうまく折り合いをつけて器用に、
あるいは、少しのずるさも身につけて生きることの出来なかったゴッホは、
描くことでやっと呼吸が出来たのではないかと思ってしまう。

とくに晩年は絶望的状況でありながらも、
描く対象に真摯に向き合い、徹底的に凝視して、
それを自身の内なるものと激しくぶつけ合い、
一気に昇華させているように感じる。

圧倒される狂気だ。

描き、生き、
命を使い尽くす。

そうなのか、と唸った。


気がつくと3時間はゆうに過ぎていた。

ゴッホの生涯を想う。

魂の限りを使い尽くして描いたその作品は、
生きている間は、まったく評価されなかった。

ゴミのように扱われたこともあったという。

孤独であったろうし、
惨めで悲惨であっただろう。

けれど、彼は本当に不幸だったのだろうか。

おそらく、そうではないだろう。

彼はこの世に永遠を残した。

一般的な幸せとはほど遠い、
徹底した孤高の世界を生き抜いた。

亡くなって、120年たった今、
ゴッホの作品は世界中の人々を魅了し続けている。

崖っぷちで生きていた、あの新宿の初老の男性もそうだった。


おそらくこれからも、ずっとそうなのだろう。


人生の目的がひとつ増えた。

必ず、オランダへ行こう。
[PR]

by officemigi | 2010-10-16 17:19 | 感動 | Comments(0)
<< 記胤 ドリー&タニー >>