【オフィスミギ】晴れ男なものですから


事故をして3年弱。

ようやく、写真館で社会復帰するころ。

面接で社長に出来ますなどとウソをついたが、

自身なんてまるでなかった。


それ以前に当時はまだ、空気が動いただけで

背骨から右手の先まで稲妻のような痛みが走る。

医者から何種類もの痛み止めというものを貰ってはいたが

効いた試しがない。



にぎやかな職場。

みんな生き生きしている。


平静を装いつつも、しかめっ面の僕には

事務的なことだけで、殆ど誰も話しかけてこない。



痛みのリズムに合わせて呼吸する。

けど、それは一定でなく、拷問ようにいろんな角度へ、場所へ、

何十種類の激痛に変化する。

何十人もの人間に背中から、首、指の先まで、

針や釘を打ち付けられてるよう。

いつも全身に力を入れて耐えないといけない。

当然呼吸が不安定で浅くなる。

人の話なんて殆ど聞けないし、痛くないフリをするのが

精一杯で立っているのがやっとだった。


この当時は、生き残った神経の異常で

右手からどめどなく汗が流れおちて

手がふやけて、ほっとくとカビが生えていた。


自分の腕というより、

やたら重たい火柱みたいなものが肩からぶら下がっているよう。



写真とれるんかどうかの以前の問題で、

極度の緊張と痛みで人とまともに話もできんかった。


昼休みになると、逃げるように一人でレストランに駆け込む。

ふらふらで、なんか食べないともたない。


むりやり、メシを喰う。


噛むたびにズキンとくるし、のみこむ度に、右半身が張り裂けそう。

味なんてわからない。

目眩がする。


食べるだけで体力をつかい切り、さらに呼吸が浅く酸欠になる。


満腹感を味わう事なく、今度は一気に吐き気に襲われ、

トイレに駆け込んで全部戻してしまう。

恐怖で震えが止まらない。

弱い自分が身体を支配する。


もうダメだ。

やっぱり俺にはムリなんだ。

帰ろう。

辞めちまおう。

とても耐えられない。


便器に頭を突っ込んだまましゃがみ込んで考え直す。



今日だけ、

今日1日だけ、がんばろう。

今日だけだから。

そう言い聞かせて、スタジオに戻る。


踏みとどまるのには理由があった。


それは、このスタジオで強烈な個性を持った男に出会ったからだ。


宇佐美智未


オープンしてまだ1年しか経ってないこのスタジオのチーフカメラマンだった。

実は写真を始めたのも1年前。

技術、知識という意味では僕のほうがあったのかもしれない。


だが、彼の撮影に度肝を抜かれた。

今までアシスタントとしていろんな現場を見て来た。

それこそ、一流といわれる現場にも。

でも、そのどれにも当てはまらない。

存在は際立っていた。



まだ緊張しきってる、あるいは撮られるのを怖がって泣き出してる、

まだ3〜5歳の子供たちと彼が向き合った瞬間、

魔法にでもかかったように笑顔になり、

誰にも入り込むことの出来ない世界を一瞬で作り出す。

まるでショーでも観ているようだ。

それは、言葉のわからない1〜2歳の赤ん坊でも、大人でも同じだった。

その純粋なパワーに圧倒される。

人と向き合って撮るということはこういうことだと見せつけられた。

格好わるくてもいい。

ありったけの情熱を真正面からぶつけていく。

何人ものカメラマンがいる中で、

同じセリフを言っても彼のように撮れる者はいなかった。

技術やテクニックではない。

人としての大きさ、そして優しさ。

絶対に撮りきるんだという信念。



実は僕はまだ使用期間で2〜3週間様子を見て、

採用かどうかを決めるということだった。


なんとかこの人についていきたい。


でも宇佐美さんは僕を採用するのに反対だったらしい。

「もし、彼が使い物にならなくなったとき、

一体どうするつもりなんですか。

社長は責任取れるんですか。覚悟が必要ですよ。

安易に夢を見させて、突き落とすようなことはしたくない」

これも彼ならではの優しさだった。


僕はなり振りかまわず、必死だった。

もう、腕がどうのこうのなんてどうでもいい。

何をどうしたかは覚えてないが、びびりながらも

真正面から向き合って撮っていた。

おそらく、死ぬほどぎこちなく、ボロボロだったに違いない。

けど、この瞬間だけは、火柱のような右腕の存在は消えていた。

全力でやることで、

無我夢中で挑むことで、

一瞬だけど、ついにそれから解放される。

そうやって生きなさいと

神様に教えられたような気がした。


必死さが伝わったのか、

何かを認めてくれたのか、

宇佐美さんとよく話すようになった。

弟のように接してくれた。

なにかにつけて彼の口から出て来る言葉は

「おまえは本当にバカだな」

だった。

悪い気はしない。




以来、お互いに持ってるものを提供し、それを磨き、共に前に進んだ。

僕は技術や知識を。

宇佐美さんは被写体に対する徹底した情熱を。


ライバルでもあり、本物の友だった。


バカな男の会話も含めて本当に多くのことを語り合った。


それぞれがここに辿り着くまで険しい道のりで、

個々に与えられた課題に、ひたすらに耐え続けたこと。

人を愛し、写真を撮る人間として生き抜くこと。

そして、これからの夢。


スタジオは急激な成長を遂げて1年足らずで4店舗にもなった。

それぞれが責任ある立場となり、

バラになってもお互いの存在を認め合い、必死で働いた。

そして、僕はボクサーを撮り始め、

宇佐美さんは新天地を求めて、愛する人とともに東京を離れた。



連絡をとったりする時は

お互いに苦しい時だったと思う。

ただ、どちらも弱音は吐かない。

ただ、その存在を確認しモチベーションに変えた。


本を作るということを伝えてはいたが、

思うように進んではいなかった。

ちょっと進んでは、また振り出しに戻るの繰り返し。


なにがなんでも、作りきらねばならない。

追い込むためにも、僕はもう本が出来るまでは連絡はしないと決めた。


宇佐美さんには胸を張って、ただ精一杯やりましたと伝えたい。


何度か連絡は来たが、あえて無視した。


わかって欲しい。


それを察したのか、パタリと電話は鳴らなくなった。



そして、作ると決めてから6年が経ち、

多くの人たちの力を借りて、すべての想いを込めた本がついに完成する。



そして友は、あの頃と少しも変わらぬ口調で、こう言ってくれた。




「おめでとう。 やっぱり、お前は本当にバカだな」




13年前の出会いから、

それぞれのフィールドで失敗を繰り返しながらも、

貫いて力をつけてきた。

お互いが、さまざまな経験をし、

多くの方々の支えを得て、今の自分を作った。

そして、再び同じ方向を見て、共に仕事をすることになる。

この奇跡の巡り合わせに感謝
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by officemigi | 2010-01-06 06:22 | 林建次の日々 | Comments(0)
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